現世【うつしよ】の鎮魂歌
奈良ひさぎ
#0 Prologue.
魂。
死んでなおこの世に残り続ける存在のことだ。彼らは最初からよほどの恨みがない限り、人間に悪さをすることはない。あくまで生きている人間の側が、害があると感じているだけなのだ。
もしかするとこれに異議を唱える人もいるかもしれない。だが少なくともこの世界では、各地でこの「魂」についていろいろなことが言われてもなお、このことが前提としてあった。
魂である彼ら自身に、人間をどうこうしようという気はない。だが残念なことに、魂がいる結果よくないことが起こっているというのも、また世界共通の認識だった。魂は時に、その関わりのあるなしに関係なく、人間の争いの原因として悪者扱いされた。悪霊が戦争を引き起こした、と言えば満足する人も多かった。
その戦いも、本当はそのうちの一つのはずだった。人間の長い歴史の中のほんの一部分に埋もれてしまうような、幾多の戦いのうちの一つの、はずだった。
―――それが、一国対世界の他の全ての国、という構図にならなければ。
その国は昔から、やれ飢饉だの、やれ水不足だの、やれ大火事だのと、人間の経験しうるありとあらゆる災害に見舞われてきた。世界は昔からのならわしで、その国のことを「悪魔の住む国」とまで言った。
だがその国の国民はそこまで言われても、移り住もうとはしなかった。そこは人間が発展するきっかけとなった神話が生まれた場所とされ、そこを神聖視する人がいるのも事実だった。彼らもそうで、神の加護がある、と言い張って聞き入れなかった。
ところが戦争の絶えない当時の世界で「神の加護がある」と言うのは、宣戦布告も同じだと、そう受け取られた。神様が守ってくれるなら人ごときが押しかけたところで何も起きないだろう、という屁理屈である。ともかく、その国は突如として、他国の猛攻を受けた。
攻め方は簡単だ。兵糧攻めにしてしまえば、あっという間に首都もろとも陥落してしまう。その国でほとんどの人が遊びのように殺され、滅亡も秒読みとなっただろう、その時だった。
『その地面から水が湧きだし、炎が湧きだし、また人智を超すかのごとき所業が、起こった』
当時のことを記す文献には、そのような首をかしげるような記述がある。だが突如として圧倒的優勢だった世界がものの数分でひっくり返され、逆に世界滅亡寸前まで逆転されたというのは、事実であるようだった。
後に『超能力』と称されるこの現象を手にした彼らは、果たして世界を支配することになったのか。残念なことにそうではなかった。神は確かに人間の手の届かない『超能力』を与えたが、同時に彼らに等しく『死』を与えた。そしてそれは、あいにく人間にとって不幸だった。
一度死んだ人間が生き返った存在は、魂よりも質の悪いものとして恐れられていた。彼らは同時に、その国で暮らし続けるという選択肢をも失った。
彼らに残された道は人の目に見えないところにその住まいを移し、自分たちがそのような目に遭った一番の原因である戦争をなくすため、彼らの認知できる『魂』の未練をなくしてやる、そのただ一つであった。
そしていくらかののちに、彼らは自分たちのことをこう、称することになる。
『未練死神』
これは、人間の歴史から分岐した彼らの歴史が以後数千年続く中の、ほんの一部の物語である―――
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