第2話
ナターシャ女史が黒魔導士らに、手紙を出してから一週間後、ついに、返事の手紙が届く事は無かった。
わたしの両親は、白魔導士だった。
しかし、わたしが赤ん坊のときに、黒魔導士らに戦争で命を奪われた。何度も魔法で攻撃されて。
それでわたしは、ナターシャ女史に育てられた。
勿論、わたしは、両親に関しての記憶がない。だって、そのころ わたしは赤ん坊だったから。
わたしの幼馴染、ガイヤもわたしと同じ境遇だ。
わたしは物心がついたころから、同い年ということもあってか、いつも彼と一緒だった。
わたしはガイヤに恋心をいだいている。
ガイヤはどう思っているかは、わからない。つまり、片思いだ。
例え、この恋が叶わなくても、ガイヤと一緒にいたい。
さすがに、それは無理なことだが。
わたしは次の日、エリーゼと一緒に箒で空をどちらが、早く飛ぶ事ができるかを競争した。
そのときに、エリーゼが間違えて、わたしの箒に乗ってしまった。
それで、エリーゼは箒から突き飛ばされてしまった。
わたしは思い出した。
箒にセキュリティーとして、わたし以外の人が乗ると箒が乗った人を突き飛ばすように、魔法をかけたことを。
わたしは、エリーゼに謝った。
「ごめんね。その箒、わたしのだった。わたし以外の人が乗ると箒が乗った人を突き飛ばすように魔法をかけてあったんだ」
そのあと、競争をしてエリーゼが勝った。わたしは箒に乗るのが苦手だった。
そして、エリーゼと別れて、ガイヤの部屋に行き、どうしたら箒に上手く乗れるようになるかを相談した。
そしたら、彼はこう言った。
「風になった気分で乗るといい、肩の力を抜いて」
ガイヤは、すこしクールで、頭がとてもいい人だ。
次の日、二週間ぶりに、白い大きな塔と黒魔導士たちの基地との、中間地点の砂漠で、白魔導士と黒魔導士の争いが勃発した。
十五歳以上の白魔導士は、ほぼ全員、戦地におもむくことになっている。
わたしたちは、箒で砂漠に向かった。
これで、わたしとエリーゼが参加した、争いは四度目だ。ガイヤはこれで、すでに七度目だ。
砂漠に着くと、突然、砂嵐が吹き荒れた。
目に砂が入り、痛くて目が開けられないでいると、
ガイヤがいるはずの、前の方から、火が燃え盛る音がした。
黒魔法、ファイヤーサークルだった。
ファイヤーサークルは、黒魔法で、対象の人物の周りに、円状の火柱を発生させる魔法である。
そのファイヤーサークルがガイヤの周りに発生していた。
どんどん、炎が大きくなり、ガイヤの姿が見えなくなった。
ガイヤが白魔法を何度も唱えている声が聞こえた。しかし、脱出は無理だったようだ。
わたしよりも頭が良いはずのガイヤが何もできないのならば、わたしには、どうする事もできない。
いつのまにか、砂嵐は収まっており、どうやら、これも黒魔法だったようだ。
他の白魔導士たちはそれぞれ、黒魔導士たちと戦っており、手伝ってもらうのは無理だった。
ファイヤーサークルで、周りを囲まれているガイヤ。
これ以上、ガイヤを傷つけられたくない、守りたい。
そう思ったわたしは、白魔法ライトシールドを使い、ガイヤがいる炎の前に防御壁を発生させた。
ライトシールドは白魔法で、光で防御壁を発生させる魔法である。
この魔法は白魔導士の魔力が高ければ、高いほど防御力が増す。
わたしの魔力で、相手の黒魔導士の攻撃魔法を防げるかどうかは、わからない。
でも、守れるのなら、守りたい。ガイヤは、大切な人だから。
しかし、突然、相手の黒魔導士が黒魔法サンダースネークを使い、
サンダースネークがライトシールドを破り、
ガイヤの背の高さまで、達していた炎を越えて、ガイヤにあたってしまった。
サンダースネークは黒魔法で、蛇の形をした雷が、
あらゆる障害物を破壊、あるいは乗り越えて、
対象の人物に直撃する魔法で、命中した人物は、
しばらく身体が麻痺して、動くことが出来なくなる。
かなりの経験をつんだ、黒魔導士で無ければ使うことは出来ない。
動けなくなった、ガイヤに、さらに黒魔導士が魔法で攻撃する。
この魔法は見たことも、聞いたことも無い。何これ?
ガイヤがいる、真上に真っ黒な、巨大な闇が現れた。
やがて、それはガイヤに向かって、急降下してきた。
いつの間にか、ファイヤーサークルは消えていて、
換わりに巨大な闇がガイヤに覆いかぶさっていた。
やがて、それはガイヤの左の手の甲に、吸い込まれるようにして消えた。
ガイヤの姿を確認する事が出来た。
でも、ガイヤはかなり傷ついていて、意識が無かった。
辛うじて、かすかに、浅く息をしていた。
わたしは、泣き崩れ、叫んでいた。
「ガイヤァー!」
そして、わたしは、目の前が真っ暗になった。
気がつくと、白い大きな塔の中にある、治療室にいた。
ここでは、魔法で治せない、気絶や卒倒した人が意識を取り戻すまで、居ることが出来る部屋だ。
わたしはベッドに寝かせられていた。
隣のベッドには、未だ意識を取り戻さない、ガイヤがいた。
突然、声が聞こえた。
「アルテシア、気がついたのじゃな」
ナターシャ女史だった。
彼女は続けて言う。
「そなたにガイヤのことについて、話があるのじゃ。長老室について来なさい」
わたしは
「はい」
と言い、ナターシャ女史についていった。
長老室には、よほどのことが無ければ、入る事が出来ない。
ナターシャ女史に椅子に座るように指示されたので、椅子に座った。
ナターシャ女史は言う。
「ガイヤは三日ほど、高熱で意識を取り戻さないじゃろう。しかし、白魔導士としての彼は、じきに亡くなると思っても、いいじゃろう。ガイヤがかけられたのは、黒魔法シャドー。シャドーはかけられた、白魔導士の心を黒魔導士にする魔法で、具体的には、白魔導士が寝ているときに、夢の中で黒魔法を教え、黒魔導士の考えを染み込ませて、黒魔導士にする。要するに仲間を裏切らせて、味方につける魔法じゃ。今回の戦闘で負傷したのは、ガイヤのみで、相手の目的は彼にシャドーをかけることだったようじゃ。奴等はガイヤに、シャドーをかけた直後、砂嵐を起こして、姿をくらましたそうじゃ。残念ながら、シャドーを治す魔法は存在しない。ガイヤは、のちに、……仲間を襲うようになるじゃろう。あるいは、黒魔導士のもとに、向かうじゃろう。そうなった場合には、仲間を守るためと、ここの秘密を守るために、彼を拘束するしか、なくなる。それとガイヤの出生の秘密も話さねばならん。アルテシヤも知っているように、彼の両親は、黒魔導士に殺害された。ここからは、知らないじゃろう。彼の両親は、元々、黒魔導士じゃった。二人は、黒魔導士の考えに疑問をもち、二十歳のときに仲間を裏切り、白魔導士になった。母親がガイヤを産んだあとの戦闘で、二人とも亡くなった。裏切ったので、殺されたのじゃろう。それで、自分たちの仲間になるはずだった、ガイヤを奪うために、今回の結果になったと、思ってもいいじゃろう。アルテシヤ、お主の両親は、ガイヤの両親を守るために亡くなったのじゃ」
わたしは、ただただ、呆然としていた。驚きのあまり、何も言えなかった。
長老室でナターシャ女史はこうも言っていた。
「アルテシア、お主がガイヤに恋心をいだいているのは、知っている。この際、自分の心に問うのじゃ。自分は彼の姿が好きなのか、それとも、心が好きなのか」
わたしは答える。
「わたしは、ガイヤの、……心が好きなのです」
ナターシャ女史は言う。
「そうか……、では、言っておく、ガイヤの心も、シャドーで変わってしまうのじゃ。何故なら、彼が黒魔導士となったときは、お主は彼にとって、敵なのじゃから。それを肝にめいじて、おくように。以上、話は終わりじゃ。ガイヤのことが心配なら、見舞いにいっても、良いじゃろう。ただし、今日は早めに寝るように。お主は、だいぶショックだったじゃろうから。しっかりと、休まぬとな」
わたしは、高熱で意識を失っている、ガイヤの前にいた。
高熱があるのは、黒魔法シャドーで、闇が一気に彼の身体に入って来たせいで、それを心が拒絶しているから、なのだそうだ。
わたしは先ほど、ナターシャ女史に言われた、一言が胸に突き刺さっていた。
――「彼が黒魔導士となったときは、お主は彼にとって、敵なのじゃから」
こんなに、ガイヤのことが好きなのに、
まだ、気持ちを伝えることも出来ていないのに、
このままではガイヤが敵になってしまうなんて。
わたしは自分の部屋へと、駆け出した。そして部屋で、夢中になって泣いた。
――わたしはガイヤが目覚めるまでの三日間、毎日、彼を見舞いに行った。
そして、四日目にガイヤは意識を取り戻した。
普段と変わっているところは無いが、どこと無く、瞳が悲しげに見えた。
彼は言う。
「僕は夢を見たんだ。知らない人が、『お前は本当なら黒魔導士になるはずだった』と言っていた。さらにこうも言った。『お前を必ず我らの仲間にする。我らは黒魔導士』僕がかけられた魔法はシャドーだろ、……夢の中の人が、かけられた魔法を、僕に教えてくれた」
わたしは、
「そう」
とあいづちをうった。
もう、悲しくは無い。なのに、優しい言葉をかける気にはなれなかった。
それは、ガイヤを守れなかった自分を、心の何処かで責めているからだろう。
もし、ガイヤが白魔導士を襲ったら、と思うと、恐ろしくて仕方が無い。
ガイヤはその日から、普段の生活に戻った。
ただし、経過観察で、戦場には行かされず、ほとんどの時間を自室で過ごしていた。
わたしが部屋に入るたびに、彼は窓の外を見ている。
黒魔導士らの基地がある方向をずっと、見続けている。
まるで、彼の求めるものが、そこに有るかのように。
――次の日、わたしは、ガイヤの部屋に行き、彼に聞いた。
「昨日、話してくれたような、夢をまた、見ていない?」
彼は答える。
「また、夢を見た。今度は黒魔法を教えられた。初歩のやつらしい。そして、その人は『我は、黒魔導士の長である』と言った」
わたしは聞く。
「黒魔法は攻撃系のやつだったの?」
彼は答える。
「……ああ。現実でも使いこなせそうだ。……ただ、白魔法の初歩の魔法を、忘れた気が、するんだ」
わたしは、雷に撃たれた気分だった。
――白魔法を忘れて、攻撃系の黒魔法を覚えて、現実でも使えそう?
わたしは怖くなった。
――ガイヤが違う人になってしまう。
わたしは、その気持ちを、消そうとした。
そのために、他の事を考えようとした。でも、浮かんでくるのは、ガイヤの顔ばかり。
そして思った……今のわたしは、彼のことしか、考えることが出来ないみたい。
――どうやら、ガイヤは黒魔法の方が白魔法より、才能があるようだ。
やはり、両親が黒魔導士だった事があるからだろう。
――それを確信したのは、今日のことがあったからだ。
わたしは、ガイヤの部屋を訪ねた。勿論、あの夢のことを、聞くために。
わたしは、聞く。
「また、あの夢を見たの?」
彼は答える。
「見た。もう、黒魔法の初歩のやつは全て、使える。長が『やはり、お前は黒魔導士だ。魔法を覚えるのが、早い。才能がある』と言った」
わたしは尋ねる。
「じゃあ、……初歩の白魔法は、忘れてしまったの?」
ガイヤは答える。
「そんな攻撃も出来ない、ヘボイ魔法なんて、忘れた。黒魔法なら、相手の体力を吸い取って、攻撃と回復が同時にできる」
わたしは、悲しくなった。
――ガイヤが白魔法をけなすなんて。
ガイヤが好きだったのに、信じていたのに。
わたしは、ガイヤの変貌を、停めたい。
でも、そうすることは出来ない。
――もう、永遠に、わたしの思いを恋心を、ガイヤに伝えることは出来ないの?
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