カルテ④戦闘飛行艇プラチナラクーン号

重々しい音が止まって、防水隔壁がすっかり上がりきるのを教えた。そこはたぬぽん城の飛行艇ドック。小さめの体育館よりもう一回り小さいくらいの薄暗いガレージは、スパナやいろいろな工具やらが散らかっていて、防弾シャッターを開ければもう外の世界に出て行けるようにみずうみの水がガレージの中に引き込んであり、その上にフロートに支えられた複葉機、戦闘飛行艇プラチナラクーン号が浮かんでいた。向かって右側にプラチナラクーン号の浮かんだ水路。左側にはシャッターがおりて、その奥が謎めいている。水際で一斗缶に焚き火して、理科室みたいな丸イスに座ったむさいオヤジたぬきが、シケモクをくわえてこちらを振り向いている。イカをあぶっているようだ。たぬきプレハブが、左側のシャッターの前に滑り込むと、

「ひひひ、来たな退屈たぬきカップル!」

と、頭をボリボリかきながらむさいオヤジたぬきが大声で言った。プレハブから、まずダン参謀がおりて、つづいてプラチナ、ぷっちみーこの順でおりてきたから、オヤジたぬきは、

「おうおう!賑やかだなあ...!」

と言った。ダン参謀は、

「お久しぶりです、おやっさん」

と、うやうやしく言って、薬酒のビンを手渡した。

「なんだ、いいもの持ってきたな、ほうれ、こっちきて座れよ」

オヤジたぬきが丸イスを焚き火の周りに並べてくれたので、みんな焚き火に当たった。防弾シャッターの向こうは、轟々と季節にしては温かい風がすさんでいた。揺れる砦の薄明かりの中、プラチナは、

「今夜、参謀官殿が急に呼んでくださって...」

と言った。このオヤジたぬきこそ、おやっさんと慕われる凄腕整備士のたぬきだ。

「みんなよくきてくれたな、さあ、いただこう」

おやっさんがみんなに紙コップで薬酒を注いで渡した。焚き火の炎に照らされた5人の影が、周囲の壁やシャッターに大きく映って、炎が揺らめくのに応じて影も揺らめいた。

みーこが、

「染みるわー、染みわたるよねー」

と唸ると、みんなうなずいたりいいねーとうなったりした。しばらく談笑していると、おやっさんは、

「ダン、このタイミングで、このメンバーを集めた理由を、そろそろ聞こうか」

と、ゆっくりと言った。プラチナも、

「それですよ、それそれ」

とダン参謀の顔を見入った。炎に下から照らされたダン参謀の精悍な顔が、火照って少しテカテカしている。ぷっちもみーこも、薬酒と一緒にかたずを飲んだ。ダン参謀は、

「いや、特に深い意味はないんだ。なんというかまあ、交流を深めたかっただけだ」

と頭をかきながら言ったので、みんなイスから転げ落ちんばかりにズッコケた。

「そうだったんですか?久々に実戦でもあるかと、緊張していましたよ!」

プラチナが言った。

「いや、すまんすまん、私もここにはご無沙汰だったし、ま、いいじゃないか」

とダン参謀は言ったが、おやっさんはぷっちのほうをむいて、ぷっちはおやっさんのほうをむいた。このふたりは実は何かあると、見破っていたのかもしれない。みーこは、

「いいわよいいわよ、いろいろ美味しかったし!また度々呼んでほしいわ!」

と笑っていたので、またみんな談笑をはじめた。しばらくすると、おやっさんが、

「さあて、盛り上がってきたことだし、みんなで湖の上へ出るかな?」

と言った。プラチナは、

「行きますか?風がずいぶん強いけど...?」

と周囲の人の目を、尋ねるように見た。ダン参謀は、

「いいねいいね、ちょっと周遊しようよ、な、ぷっちよ」

と、ぷっちの肩を叩いた。ぷっちはもう否も応もなく、みーこを伴ってプレハブに飛び乗った。続いておやっさんとダン参謀もプレハブに乗り、プラチナはプラチナラクーン号のコクピットに、ハシゴのような簡単な作りのタラップから飛び乗った。ぷっちは災害用LEDランタンに手をかざし、空中に現れた画面にポンポンと指で操作した。すると、プレハブの四方の壁面にくっついていたフロートが、タイヤの横の当たりの高さまでおりて、工事現場みたいなランプと反対側の、壁面の下の方からスクリューが出てきた。プラチナは右手で発動機の取っ手みたいのを何回か引いて、飛行艇のエンジンを始動させた。プロペラが回り始め、防弾シャッターが上がると、一面のみずうみが、飛行艇ドックの向こうに広がった。まずプラチナラクーン号が防弾シャッターの向こうへ出て、次いでたぬきプレハブが水路に着水して後に続いた、そしてプラチナラクーン号の後ろに、プレハブが、列車のような連結器で連結した。プラチナは振り返ると、

「ぷっちよ、忘れるなよ、黙って出ると、大目玉だ!」

と叫んだ。白と黒を基調とした、どこか機械チックな和風建築の砦、巨大なフロートでみずうみに浮かぶたぬぽん城の、薄明かりに浮かぶ荘厳な威容を、生暖かい風が殴りぬける。月が山肌を照らして、木々がザワザワととなりどうしなにごとが起きるのかとばかりに音を立てた。ぷっちは災害用LEDランタンに手をかざすと、

「哨戒行動を申請、戦闘飛行艇プラチナラクーン号、遊撃隊プレハブ車両弐」

と言った。しばらくして女性らしい声で、

「申請許可」

とアナウンスがあった。連結したプラチナラクーン号とたぬきプレハブの「哨戒ユニット」が、みずうみの上へと、フロートで浮かび、スクリューで進んでいった。なみしぶきを切って、湖面に移るおおきな三日月を横切って行った。

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