第4話

俺たちも部屋に戻って食事にしようか。一緒にどうだ?」

 あれだけ食べたいたにもかかわらず、夕飯はきちんと取るようだ。

「すみません。僕は少し外に」

「そうか。暗いから気をつけろ」

 片付けも済み、静まり返った会場を後にする。夜風を浴びに散歩へ出かけた。

 昼間なら海の見える道も、闇夜では何も見えず、ただ波の音だけが聞こえる。月明かりだけを頼りに歩いているのだから、あまり遠くに行かないほうがいいだろう。

 少し開けた場所で立ち停まる。

 上着のポケットに潜んだ髪飾り、明日にでもそっと机の上に置いておこう。情けなくて直接なんて渡せない。

「執事失格だな」

「そうね」

 振り返ると、豪奢なドレスを脱いで見慣れた姿となったお嬢様が、風になびく髪を押さえながら海を眺めていた。

「結局、届けてはくれなかったわね」

「何故ここに」

「ここは、私の部屋からよく見えるもの。あなたが居たから来てみただけ」

 お嬢様は、一度として僕を見ることなく、隣に並んで海を見つめる。

 それにしても、と前置きし、ようやく、横目にだけれどこちらを見る。

「いつ届けに来てくれるのかと、待っていたのに」

 まるで、僕が拾うことを知っているようだった。

「知ってるわよ。わざと置いておいたのだから。他の人が拾わないように、侍女を見張りに立ててね」

 あれはお嬢様発案か。随分と雑な計画だが、本来侍女は僕に見つからずにあの場を去らねばならなかったというのに、運悪く見られてしまった。故にあれほど不自然な光景が作られていたのか。

「まさか、あの子たちが失敗するなんて思いもしなかったわ」

 どこからその自信が出てきたのか気になるところだけれど、それよりも疑問なのは。

「何故、そのようなことを」

「きっかけさえあれば、あなたと踊れるかと思って」

 それは無理だ。いくらお嬢様の御誘いとはいえ、あの場において執事の出る幕などないのだから。

「では、今踊りましょうか。二人のためだけのダンスパーティー」

 手を差し出して、小首をかしげる。

「エスコートしてもらえないかしら」

 もしかしたら、これは夢なのかもしれない。煌びやかな世界に当てられた僕が見る白昼夢のようなものなのだろうか。

 ならば、とお嬢様の手を取る。

「ダンスの前にお返しします」

 そう言いつつ、空いた手でポケットを探り、取りだす。

「いらないわ。そんなもの」

 そう言うと、髪飾りをひったくり、海に投げ捨てる。ポチャンと、小気味のいい音をたてて、行方をくらます。

 普段なら慌てているところなのだろうけど、なぜか今は、ひどく安心している自分がいた。

「あなたと踊る私は、飾らない私」

 そう微笑むと、空いていた手も握る。

「音楽がありませんね」

「そんなの、これで十分でしょう?」

 波の音に身体を乗せ、二人きりのダンスパーティーが幕を開ける。


「んっ」

「申し訳ありません」

何分、ダンスは初めてなもので、何度もお嬢様の足を踏むことがあった。

踏まぬように下を見れば、お嬢様の胸に地面を隠され、平常心を保とうと虚空を眺めれば、お嬢様がわざと足を踏みつける。仕方がないので見つめ合いながら踊ると、お嬢様が照れてしまわれたのか、俯いてしまいリズムが狂う。

そんな失敗を繰り返しながらもパーティーは続いた。

「下手ね」

 お嬢様に笑われてしまうのも無理はない。

「でも、そんなところも好きよ」

「えっ」

 急なことに目を瞬かせていると、お嬢様が真っ赤な顔を僕の胸に埋め始めた。それは同時に、ダンスの終了も告げていた。


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