第3話

 お嬢様は、会場の中心にいた。

 名家の御子息たちに、次々とダンスに誘われ廻るお嬢様に、僕は声をかけることが出来なかった。普段のお嬢様とはまるで別人。僕が気安く話しかけてはならない存在なのだと、今更ながら気が付く。自覚した途端に、ドレスがお似合いですねと、ただの一言も言えず、髪飾りもお渡しすることなく給仕の仕事に就いた。

 エスコートされ、踊るお嬢様は笑っていた。それでいい。皆が期待している彼女の姉は、今日この場には訪れない。そう連絡を受けた時から僕は安堵していた。今日はあなたがヒロインだ。以前の主役であった姉のお下がりを着ることで、浴びせられる脚光まで受け継ぐとは皮肉なものだが、こんな機会はそうないだろう。だから今だけは笑顔でいられるように祈る。お嬢様の悲しみを知りながら何も出来ない自分だから、あなたの心に夜が来ないことを祈り続けよう。


 パーティーも佳境といったところだが、お嬢様を囲むのは各家の当主たち。つまり、脂ぎった、いやらしくも野心ばかりが輝く目つきの中年だ。次期当主たち、若者に気を使うことなく媚を売る。

 権力も持たず、ただパーティーを楽しみたかっただけのお嬢様をも取り入れようとする様が気に入らない。

「そんな顔をするな。見られたら大問題だぞ」

 先輩が耳打ちしてくれたおかげで、我に返る。僕は一体どんな顔をしていたのだろう。


 僕の祈りも空しく月は傾き、夜が訪れ、パーティーも終わりを迎えた。後片付けのため、僕たち使用人の仕事はまだまだ続く。

 お嬢様が引き連れていた侍女二人が、遠く離れた場所から僕を睨むように見つつ、何かを話している。その人数は徐々に増え、少なくとも六人程度の侍女が、僕を敵視しているようだった。なかには落胆していたり、蔑むような視線さえある。

「お前、何かしたのか?」

 手の付けられていない料理を勝手に食べながら、先輩が問いかける。

「いえ、心当たりは」

 あるけれど。おそらく髪飾りの件だろう。何度かお嬢様が目配せをしていたにも関わらず、足がすくんで届けることが出来なかった僕を責めているのだろうか。彼女たちが届けてくれればよかったのに。とはいえ、文句を言ってる場合でもない。

「美味いな。これも頂こう」

主は見ていないからと、テーブルに腰掛け、新たな料理に手を伸ばす先輩を退けて皿を片付ける。

「終わらないと帰れませんよ」

 先輩は肩をすくめ、やれやれと言った様子で仕事に戻る。主の前だと出来る人なのに。

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