第2話

 お嬢様を寝かしつけた後、事務室に入ると電話のベルが鳴っていた。本来、僕の仕事ではないのだけれど、部屋には誰もいなかったので、受話器を取る。

「もしもし、私よ」

電話といえば、父が子供のころは一家に一台、ゲタ箱のすぐそばに。だったらしいが、僕が生まれた時にはすでに、そんな風習は廃れていた。

「もしもし、返事をなさい」

「失礼しました。いかがいたしましたか?」

 電話越しに聞こえる柔らかな声の主は、当屋敷の長女のものだった。

「明日のパーティーには参加しないわ」

「何かご予定が?」

「特にはないのだけれど、明日はあの子のパーティーでしょう? 私が行くと中心になるのは私でしょうから、あの子も来てほしくないと思っているはずだし」

「そのようなことは。お嬢様もお会いできることを楽しみにしておりますし」

「どうかしら。とにかく行かないから、きちんと伝えておいてね」

「あっ……」

 これ以上は話すことなどないと言わんばかりに、力強く受話器を置く音と共に通話が切れた。

「ふぅ、どうしたものか」

 お嬢様も仕事で忙しい姉と、ゆっくり話がしたいだろうに。


「お姉様は? そろそろ屋敷にいらしてくださらないと会場入りに間に合わないかもしれないと言うのに」

 扉の向こうでドレスアップ中のお嬢様が、廊下にいる僕に問い掛ける。言った方がいいのだろうか。

「どうやらパーティーにはいらっしゃられないようです。お仕事が立て込んでいるのでしょう」

 本当のことなど言えず、嘘が口をついて出た。

「年末に?」

 怪訝そうな声が返ってくる。あまり話しているとボロが出そうだ。

「年末だからですよ。次の年に仕事を持ちこさないために、ギリギリまで働く人は少なくありません。責任感の強い人なら尚更です」

「庶民でもそうなら、お姉様も働くでしょうね。わかったわ、残念だけど、」

「あらあらどうしましょう」

 何か続けようとしたお嬢様の声を遮ったのは、着付けをしている若いメイドだった。

「どうかしましたか」

「ドレスが少しキツいようで」

「私、太ったのかしら」

 不安そうに尋ねるお嬢様は、普通の女の子だった。

「いえ、キツいのは胸だけですから、むしろ喜ばしいことなのですが、手持ちの衣装は全てダメかもしれません」

 新たに仕立てる時間もないだろう。

「そういえば、姉君の古い衣装がまだどこかにあったはずです」

「本当?」

 やはりお嬢様は姉君のことがお好きなのだろう。お下がりに対して、嫌悪感よりむしろ喜びの色を見せるというのは、そういうことだと思う。

「探してきます」


 複数人いるお嬢様の婚約者候補の中でも最有力とされる、伯爵の御子息から髪飾りが届けられた。今夜の宴の際に是非とのこと。

 世界に一つだけの、贅沢な装飾の施されたそれを御髪に挿し、二人の侍女を引き連れ、お嬢様は自分の姉がかつて纏っていたドレスを着て会場へと向かわれた。

 自分も給仕をせねばと、会場へ足を向けた時、途中の廊下で妙な光景が目に付く。

 先ほどの髪飾りが床に置かれていた。それをまるで護衛するかのように、引き連れられていたはずの侍女二人が立っており、警戒するように何度も周りを見渡している。

「なにを、」

「しまった、もう来たわ」

「急いで!」

 声を出したことで僕の存在に気が付いたらしく、侍女は慌てた様子で去ってしまった。嫌われているのか、僕は。

 なにがあったのかは知らないが、送り主のメンツもあるし、これは届けないといけないだろうと、拾い上げた髪飾りをポケットに入れ、会場へ急ぐ。

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