第18話
「歌詠みの会というのは、つまり、和歌をつくって詠み合う会だね」
貫行が言い終えると、部室に静寂が訪れ、しばらくして、三つの反応があった。
「「「で?」」」
「え? 終わりだけど」
淡々と、貫行は返したのだが、なぜか他三名が肩を落とす。
「紀本先輩……」
「まぁ、貫行くんにそこまで期待するのは酷というものだろう」
「……くそ」
どうしよう。
貫行の評価が、下落の一途を辿っているのだけれども。
でも、くそ、はないと思う。
くそ、と言われるほどのことはしていないと思う。
貫行が気落ちしていると、平野先生が、ため息をついて立ち上がった。
「歌詠みの会については、俺が説明しよう」
話を継いでくれたことに安堵しつつも、ここで引き継ぐくらいならば、初めから話を通してほしかったものだと貫行は釈然としない思いだった。
「歌詠みの会というのは、紀本が説明したとおり、和歌をつくり、そして、詠み合う会だ。詠むというのは声に出すということだな。そもそも和歌というのは、書くだけでなく、口に出して調べにのせて初めてその真価を発揮する。その真髄を俺達も体感しようということだ」
さすがは、平野先生。
実質、貫行の説明と大差ない情報量のような気がするけれども、平野先生が言うと説得力がある。
「でも、平野先生。私達は、和歌について、まだ少ししか知りません。いきなり和歌をつくれと言われても」
泉美の最もな反応に、平野先生は返答する。
「妥当だな。おまえらがいきなり和歌をつくっても、つまらない歌しか詠めんだろう。だから、今回は百人一首に出てくる和歌を詠み合うのはどうかと思う」
百人一首研究会なのだから、百人一首を詠むというのはおかしくない。
でも、と千秋は反論する。
「それって、つまり歌詠みの会の価値の半分である創作を放棄するということだよね。せっかく詠むことによって、真価を得ようとしているのに、もう半分を欠落させては本末転倒じゃないかい?」
「手痛いな。しかし、それは君達の能力不足が原因だ。本来ならば、君達は、創作も詠唱もどちらもできない。だから、まずは詠む方から練習しようというわけだ」
「お言葉だが、先生。詠むことなど造作もないと思うんだが」
「そうか?」
平野先生が問うと、泉美がふと何かに気づいたようだった。
「もしかして、あの詠み方をするんですか?」
「察しがいいな」
平野先生は、にやりと笑った。
「和歌には詠み方がある。独特の節がな。君達には、その詠み方で、百人一首を詠み合ってもらう」
言われて、貫行は改めて思う。
あれ、やるのか。
白妙と平野先生の模擬戦で、流れた歌。
あの自然に溶け込むような歌声で、和歌を読み上げる。
それが歌詠みの会。
正直、貫行は歌が得意でない。音楽の成績は、まじめに出席している以上の成績をとったことがないし、生徒集会での校歌斉唱は基本口パクだ。
そんな貫行の音楽スキルでは、和歌の詠み上げのように複雑な音程などとれやしない。
つまるところ、憂鬱である。
自分で言いだしたんだけど。
一方で、たった一人、目を輝かせている者がいる。
「あれのやり方を教えてもらえるんですか?」
今日いちばんのしょんぼりガールだった泉美だが、いつの間にか、やる気に満ち溢れている。
「あぁ。俺は、得意ではないが、得意な人を呼ぶことはできる」
「そうですか」
わくわくと、泉美の顔から聞こえてきそうだった。
やはり音に関することには興味があるのか。でも、吹奏楽とはまったく違う分野だと思うのだけれども。
……音楽ならば何でもありか、こいつ。
まぁ、楽しめそうならば、何よりである。
「じゃ、これでやることもわかったよね。それじゃ、どこでやるかを決めようか」
貫行の提案に、皆は首をかしげる。
「ここでやるんじゃないの?」
代表して質問してきたのは泉美であった。
「いや、歌詠みの会は、外でやるものらしいよ。ですよね、先生」
もう面倒くさいので、貫行は、平野先生に説明をおしつけた。
「あぁ、歌詠みの会は、できれば自然の中でやりたいな。自然の音と、美しさを全身で感じながら、歌を詠む。それが歌詠みの会の醍醐味だ」
醍醐味多いなぁ。
貫行が、心の中で突っ込みをいれている一方で、女子三名は顔を曇らせた。
「「「外では、ちょっと」」」
「え? 何で?」
貫行が疑問を呈すると、千秋はため息をついた。
「貫行くんは平気かもね」
「えぇ、まぁ、紀本先輩なら」
「……変人」
何で? 何で!?
貫行が理不尽に悶えていると、泉美がもじもじと説明した。
「その、外で、歌の練習をするのは、すごく恥ずかしいです。もしも誰かに見られたり、聞かれたりしたら」
「別に知らない奴に聞かれても、かまわないだろ」
「そこまで図太くなれません!」
泉美に怒られたので、貫行は、仕方なく納得した。
なるほど。これは性差だな。
女子は、何かと訳のわからないところで恥ずかしがる。
そういえば、自転車旅行部にいたとき、潮崎先輩がすっぴんを見られるのを、ものすごく恥ずかしがっていた。
そのわりに、着替えとかは脱ぎ散らかすし、スパッツ姿で歩き回ったりしていたのだから、彼女の恥の基準が謎でしかないのだが。
これも、その類なのだろう、と貫行は納得した。
「じゃ、ここでやるか」
「あ、こだわりとかないんですね」
あるわけないだろ。
歌なんて、別にどこで詠んでも同じだ。
外でやろうとしていたのは、平野先生への義理立てだけ。部員が、総じて反対しているのであれば、むりに実行する必要もない。
しかし、意外な人物が擁護側にまわった。
「いや、やっぱり、千秋は外でやりたいね。ぜひとも外でやりたい」
いったいどんな心変わりがあったのか、千秋はにたりと笑みを深めた。
「え? 千秋先輩、どうしたんですか?」
「いやね。初めは外でカラオケ大会なんてまっぴらだと思ったんだけど、よく考えてみると、春だし、ちょうど、あれの季節かなと思ってね」
「まさか、花見の季節とか言いませんよね?」
あぁ、それはあるかもな。
足羽川の河川敷は、この時期ちょうど桜が満開だ。
サイクリングには、なかなか良いコース。
近頃行っていないな。
「あ、俺はちょっとそれ思っていたんだけど」
口を挟んだのは、平野先生だった。
「いや、百人一首には桜の歌もあるし、ちょうどいいかなと思っていたんだ。それに親睦会に花見はうってつけだろ」
たしかに。
けれども、どこかずれているような気もするその意見は、
「もう、違うよ」
と千秋によって訂正された。
「春真っ只中の晴れた夜。それは星見の季節だろ」
……それは、考えていなかった。
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