夜がくると私は眠った。

何度目が覚めても、ムリにでも。


明るい時間なら 痛まない。


こんな時間に起きるなんて、いつぶりだろう。

朝9時。いつもならすっかり眠ってる。


せっかくだから、どこかに出かけよう。

買い物や食事じゃなくて、何か違うとこに。


そう思っても、シャワーや身支度に時間がかかって、部屋を出たのはお昼前だった。


もうすぐ月のカレンダーが一枚変わるのに

容赦なく暑い。


駅前で朝かお昼のご飯を食べて、煙草とコーヒーも済ませると、もう1時を越えた。


どこに行こうかな。


暑いから外をうろうろは出来そうにない。

私は昼間に免疫がないし。


駅の券売機の近くで考えて、少し遠くの水族館へ行くことにした。




********




電車を二度乗り継いで一時間半。

この時点で疲れてしまって、またカフェに入る。


でも、ここまで来たら

水族館までは あと少し。


小さな氷がたくさん入った冷たいコーヒーを飲んで、煙草に火をつける。


すこしくらくらする。

いつも寝てる時間に ちょっと遠出なんて

しなれないことは するものじゃないのかも。

普段は汗をかくことだって、そうないんだし。


コーヒーが残り少なくなると、もう一本

煙草を吸った。


灰皿に灰を落とすと、また先から煙が立ち上る。

匂いがなければいいのに。

わがままなことを考えた。



水族館で大人のチケットを一枚買って

冬人と一緒に来た時のことを思い出した。


それは、私が初めて水族館に行った日だった。

動物園もそう。大きな遊園地も。


楽しかったなぁ。

子供の時に行ってみたかった。


夏休みももう終わる時期なのに、家族連れの人たちが結構いた。もちろん恋人同士も。


冬人と私も、あんなふうに見えてたのかな。


はしゃいで走る男の子が、後ろからお父さんに

注意されてる。しあわせな風景。


人ばかり見てないで、お魚を見よう。

せっかく楽しみに来たんだから。



お魚は私にとって、すこし特別。

私は泳げないから。


小さな水槽の中でも優雅に泳ぐカラフルな子たちや、大水槽に相応しい大きな子たちも、大群になってる子たちも、ゆっくりゆっくり見ていく。


水のなかで、こんな風に自由になれたら

どんな気分がするだろう。


学校の水泳の時間は、いつも憂鬱だった。


プールに太陽が反射するのは きれいだったけど

水の匂いもプールサイドの熱さも

地獄シャワーと呼ばれてた冷たいシャワーも

全部が憂鬱だった。


一度 水のなかで死にかけたことがある。


まだ3歳くらいの頃。

お風呂場でおままごとをしてた。

お洗濯ごっこだった。


洗面器のお水を換えようとして

足をすべらせて、頭から浴槽の残り湯のなかに落ちた。


パニックになったけど、何も出来ない。

その内、ああ 水のなかはきれいだなあ って

ぼんやりしだした。

あるはずのない、水面の太陽を見ながら。


気づいた母に助け出されると

鼻から体温で暖かくなった水が出てきて

わあわあ泣いた。


死ぬ時はきっと あんな風。

痛くも苦しくも怖くもない。


だから、水が怖くてしかたない。


この子たちは お魚だから、空気に溺れるんだわ。


私はひとなのに、大人になってからは

お水だけでなく空気にも溺れる。きっと今も。

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