早い時間は、お店はまだ暇。


店のすみの待機テーブルで

女の子同士で話したりして過ごす。


もう、オープンして一時間経ったけど

お盆休みも終わったし、まだ来客の気配はない。


隣にいる藍月のスマホが何度も鳴るけど

藍月は手に取ろうとしない。


「いいの?」


私が聞くと「客じゃないし」と答えた。



「和弥と寿司に行ったんだけど

その後は送ってもらって、帰しちゃった。

なんか、急にイヤになって」


電話やメールでスマホを鳴らしているのは

和弥らしい。


きっと、どうして急に 手のひらを返したように

藍月が冷たくなったのか、わからなくって

混乱してる。


藍月に聞いたって、たぶんわからない。

理由なんてないから。


こうなるともう、答えることもしないけど。


そしてもし、連絡が長く続いたら

藍月は彼のことを気持ち悪く感じる。


「もう会わない、って メールしたら?

そしたらもう連絡なくなるんじゃない?」


「うーん····

このままいなくなるのが一番いいんだけど。

明日までまだ連絡してきたら、考えるわ」


連絡は あると思う。

たぶん彼は、藍月に骨抜きにされてる。


私が冬人といた間、藍月は何人かとつき合ったり

ただなんとなく一緒にいたり

ちょっと遊んだりしてた。

ずっと奥では、あの彼に恋したまま。


そして時々、こういうことがあった。


大人しくて慣れていなさそうなひとを

『あのひと、い』って言い出す。

相手が本気になると、急に萎えてイヤになる。


きっと、さみしいだけ。


藍月はいつも、たったひとり。

そして私も。



ぽつぽつと来客があると

主任に指示されたテーブルへ向かう。


こんばんわ、はじめまして って

名刺を渡して、失礼しますって隣につく。


お金、あんまり持ってなさそう。

とにかく時間を引っ張るか、ドリンクで稼がないと。


グラスを片手に笑って話す知らない彼に

笑顔で相づちを打ちながら

いつまでこうしてるんだろう って

今日も思った。




********




月曜日は早い時間にお店が終わることが多い。


「小夜子、お疲れ。私今日、送りパスするわ」


藍月は、もう着替えていて

化粧直ししながら言う。


「ん? なんで?」


「最後についた客が、飲みに行こうって」


ああ なんか、まだ若いのに

お金がありそうな人についてたっけ。


「もし、和弥がマンションの下にいたら怖いし。

まだスマホ鳴ってるしね、深夜なのに」


「うん。また明日ね」


はっきり言えばいいのに。


でも藍月は そういう子。良くも悪くも。


きっと、私にだって

私のことを何かを思ったとしても、黙ってる。


お店の主任や従業員、他の女の子とも

軽く挨拶し合って店を出た。



歩いて 帰ろうかな。


「今日、私も送りいいです」


お店から私の部屋までは、歩いて20分くらい。

繁華街や、いろんなショップが入ったビルが並ぶ駅から、一駅のところに住んでるから。


繁華街を抜けて大きな道路の歩道を歩きながら

きっと、冬人が毎日私の部屋に帰ってきてたのは

それもあるんだろうな って、ぼんやり思った。

冬人がバイトしてる飲食店も この辺にあるし。


コンビニに寄って、お弁当と飲み物と煙草を買う。


今日は帰って、何しようかな。


このコンビニからはもう、5分くらいでマンションに着く。


マンションのオートロックを解錠してる時

急に泣きたくなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る