煙草を消して、ベッドに転がる。


指を開いて、部屋の電灯を隠しながら

ボルドーの爪を見た。


明日 塗り直さなくちゃ。



おばあちゃんのお葬式がすんで

一週間経って、実家から戻ってきた時

長く留守にした私を、冬人は責めた。


留守にしただけでなく

戻ってからバイトも休み続けたし、食事の支度もしなかった。

冬人の話も ロクに聞いてなかった。


『いつまでそうしてんだよ!

おばあちゃん、死んだんだろ!

なあ、もう死んだんだから』


『死んだ死んだ言われなくても知ってるわ!』


思わず怒鳴り返すと、冬人は

「もういい」と出て行った。



冬人が出て行くことは、しょっちゅうのことだった。何もめずらしいことじゃない。

少しのことでヘソを曲げて帰って来なくなる。


私の部屋を出て行ってる間は

他の彼女の家に泊まるか、3つ向こうの駅にある

自分の部屋で寝る。


つき合い出した19やハタチの頃は

冬人がこうして出て行く度に、泣いて引き止めてた。別れるのも嫌われるのも怖くて。


冬人は私の部屋に戻ってくると、自分の気がすむまで私に謝らせた。

まるで、王さまみたいな顔をして。



つき合って1年か2年くらいで

他に彼女がいることが発覚した。


時々、冬人は私の部屋にいても

『今日は自分の部屋に戻る』と、帰ってた。

友達が来るから、っていう理由で。


その日は冬人がスマホを忘れて帰ってしまって

私はタクシーで届けることにした。

そうして、彼の部屋で彼女と鉢合わせた。


嘘でしょ


それしか思えなかった。


冬人は その頃にはもう

ほぼ毎晩、私の部屋にいた。


彼女は、私より3年も

冬人とのつき合いは長いという。


『またなの?!』


彼女はそう言って、冬人の頬を張ると

部屋から出て行った。


何度も、こういうことしてるんだ····


ショックだった。


テーブルには、もうひとつ

冬人が使ってる物と同じスマホがあった。

カバーまでが同じ物が。


『彼女とは別れて、小夜のとこに行くところだった。でも、なかなか別れようって言えなかった』


冬人は私に、そう説明した。


『俺、毎晩ちゃんと帰ってるだろ?

小夜のとこに。

あの女からは金借りてるから、なかなか切れなくて···· この部屋の頭金もあの女が出したし』


私もお金は出してた。

外で食事をする時、冬人が欲しい物がある時に。


『お金を、返せれば 別れられるの····?』


私はバカだった。とても とても。


『うん、でもそれは俺が自分でなんとかする。

今日ちゃんと別れ話して、小夜のとこに行くから、待っててほしい』



その朝、冬人は私の部屋に戻ってきた。


『ちゃんと話したよ。持たされてたスマホも返した。やっと終わったから。ごめんな』


どうして あの部屋を解約しないのか

そういうことも聞いたと思うけど

適当に ごまかされて、それを信じた。


だって、私を選んでくれたから。

長いつき合いの彼女より。


見たくないものは見なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る