夏は夜がくるのが遅い。

それでもカーテンの向こうにそれはくる。


短い夜の間に、何をしようかと考えて

きっと何もしないで終わる。


シャワーを浴びても、化粧なんてする気にならない。

シャツにジーンズ。ゆらゆらとした曲線のつばがついた帽子を 深く被って外へ出た。



安いアルコール飲料が並ぶ自動販売機まで歩く。

早くもなく、遅くもない時間。

外を歩いている人は少なくて、いつも通りかかる公園にも誰もいない。足音も私の分だけ。


今日はもう閉店した酒屋さんの自動販売機で

ビールとフルーツ味のチュウハイを買う。


部屋にはジンやウォッカがまだあるけど

そういう気分じゃなかった。


何気なく公園に入って、ベンチに座ると

ビールの缶を開ける。


ビールは、そんなに好きじゃない。

飲み慣れているってだけ。

炭酸入りの水やジュースだって普段は飲まないけど。


お店ではいつも、知らない男の人と

笑ってお酒を飲む。私も藍月も。


ビールでもシャンパンでも高いブランデーでも

おいしいと感じたことがない。


ベンチから空を見上げても

外灯がジャマをして星も見えない。

星座なんて、数えるほどしか知らないけど。


冷たい缶の結露が手から腕にも伝った。



部屋に戻って、ジーンズを脱いで床に放る。


買ってきたビールや安いチュウハイを側に置いて

ベッドに座った。


小さな音で、何か聞こうかな。


小さなステレオの隣のラックには

CDが並んでいる。


冬人は音楽が好きだった。藍月も。

勧められて買った物が何枚か。

気に入って買った物や気まぐれで買った物が何枚か。失敗したものも何枚か。


結局、眺めるだけで何もしない。


もともと 私に音楽はそんなに必要がない。

音楽だけでなく、映画じゃないテレビ番組も。


冬人は必ずテレビやステレオをつけた。

私の帰りが遅くなって、先に眠っている時も

よくテレビがついたままになってた。


私に必要なのは、コーヒーと煙草。

本と時々の映画。お金。大まかなニュース。


たったそれだけ。


新しいビールの缶を開けて、煙草に火をつける。

エアコンの冷風で肌が冷たい。

タオルケットで身体を隠す。


雨でも 降るといいのに。


雨音はすきだった。静かでも強くても。

必要というほどではないけど。



立ち上る煙を見ながら

おばあちゃんが亡くなった時のことを思い出す。


通夜は、夏の雨の夜だった。


弟と火の番をしながら、雨の音を聞いた。


一人で暮らしていた私に

おばあちゃんが亡くなったと連絡をくれたのは

まだ高校生だった弟だった。


泣きながら 私に電話をくれた。


おばあちゃんが倒れたことは、父から聞いてた。

『心筋梗塞で手術は成功した』と。

すぐに帰ると言っても

まだ話せる状態じゃないから、落ち着いたら

また連絡する と言われて。


亡くなったと聞いた時、私はなぜか 顔が笑った。


なにをバカなことを


そんなことあり得ない


そう思った。


パジャマ代わりのキャミのままジーンズだけ履いて、財布をバッグに突っ込んで新幹線に乗る。


実家に着いても、どうしてもひつぎに近づけなかった。


認めたくない。絶対に。


止めようもなく震えた指の爪は

ターコイズブルーに塗ったままだった。


弟の部屋で、ただ煙草を吸って

通夜客が帰るのを待つ。


会いたくない。誰にも。


深夜近く。皆帰ったから、と 母に呼ばれて

二階から降りる。


棺の中を見て、足を崩れさせて泣いた。



お線香やロウソクの火が耐えないように

火の番をする。雨の音を聞きながら。


煙が天国までの道案内をする と聞いた。


『····ばあちゃんさ

孫の中で、姉ちゃんが一番かわいかったと思う』


実家を出てる間に、私の背を抜いた弟が言う。


さっき、あんなに泣いたから

気を使わせたのかな


おばあちゃんが私を一番に思ってくれたのは

あんたが生まれるまでよ。

あんたも愛されてた。ちゃんと。私が知ってる。


また鼻の奥がつんとして、何も言えなかった。

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