怪盗☆西萩昇汰シリーズ(怪盗パロ)
第一夜 怪盗☆西萩昇汰、参上の巻!
ここはどこにでもあるパラレルワールド。あったかもしれないし、なかったかもしれない世界。この世界にはふざけた盗人がはびこっている。予告状を出し、宝を盗み、時に義賊のような行為をし、時に単なる転売をする。つまりこの世界にいるのは――怪盗というやつだ。
「大変です、舩江さんー!」
警察署の廊下をふわふわの金髪を揺らして一人の男が走っていく。彼の名前は川越亘。とある事件を追う刑事だ。
川越は新聞を掲げながらとある人物に走り寄り――その直前で派手に転倒した。
「はぶぅ!」
「……またか川越」
「ずびばぜん……」
顔を打ち付けた川越の鼻からはたらりと血が垂れている。男は川越の前に膝をつくと、ポケットティッシュを差し出した。
「ほら、これで拭け」
「ありがとうございますぅ……」
受け取ったポケットティッシュを一枚二枚取って、川越はそれを鼻に詰める。ティッシュを手渡した男は、大きくため息を吐いた。
彼の名前は舩江鶸。川越と同じくとある事件を追っている警部だ。
「それで、何が大変ななんだ川越」
「そ、そうなんです! 大変なんですよ! ほらこれ!」
川越が差し出したのは、とある新聞の一面だった。そこに記されていたのは一通の予告状。舩江はその内容に目を通して、血管が切れるような思いになった。
『明日の夜十時、溝の口美術館一の宝石を頂きに参上する。怪盗☆西萩昇汰』
「またお前か西萩昇汰ぁ……!」
手書きの不細工な動物が書き添えられたその予告状を見て、舩江はギリギリと新聞を握りしめた。
そう、この二人が追っている怪盗こそ、この新聞の予告状を出した「怪盗☆西萩昇汰」なのである。
「川越ぇ!」
「はいぃ……!」
「現場に向かうぞ!」
「はい、今すぐ!」
現場に到着すると、溝の口美術館の館長が二人を出迎えた。
「ああ、刑事さん! どうしましょう、まさかうちに怪盗だなんて!」
「最近多いですからねえ、怪盗事件」
「川越、ちょっと黙ってろ」
「しかも狙ってきた西萩昇汰はかなり名うての怪盗だそうじゃないですか。ああ、なんてことだ。当美術館の宝『虹の瞳』はもうおしまいだ……」
西萩昇汰の評判を聞いて、舩江は眉をきゅっと寄せる。当然だ。西萩昇汰が名うての怪盗だということは、つまり我々がその回数だけ奴を取り逃がしているということなのだから。
そんな感情をぐっと飲みこんで、舩江は冷静に館長に尋ねた。
「『虹の瞳』というのがこの美術館一の宝石なんですか?」
「はい。『虹の瞳』というのは――」
始まった館長の長い説明を聞き流し、舩江は美術館の造りを観察する。
ドアは正面に大きな扉が。恐らく裏に通用口もあるだろう。窓は少なく、天窓しか見当たらない。入るとしたら正面玄関か通用口だろう。
「館長さん、その宝石と通用口に案内してもらえますか?」
「あ、はい、只今」
館長の案内で二人はまず通用口に向かう。通用口は狭く、オートロックがかかるようになっているようだ。一応ここにも捜査員は配備するとして、そうすると侵入経路は正面玄関か。いや――
まさか正面玄関から入ってくる馬鹿な怪盗がいるはずもないか。となると侵入経路は可能性は低いが天窓か――捜査員への変装だろう。
捜査員の確認を徹底しなければ。
そう考えながら舩江は捜査員たちに指示を飛ばし――そうして翌日の夜を迎えたのであった。
「遅い……」
館内に備え付けられた時計を睨みつけながら、舩江は爪先をトントンと鳴らして苛立っていた。
時刻は午後十時二十分。予告時間はゆうに過ぎている。
「あのぅ、もしかして予告は悪戯だったんじゃ……」
「いや、あの不細工な動物の絵は間違いなく西萩昇汰だ。間違いない」
「じゃあなんでこんなに遅いんでしょう……」
「奴の作戦のうちかもな……まさかもう既に宝石は盗まれて……!?」
舩江の言葉に、捜査員たちが一斉に宝石の方を見る。しかしその時、派手な音を立てて正面玄関は開かれたのであった。
「じゃじゃーん!」
恐らくしばらくアイロンをかけていないくたびれたタキシードに、目元を覆う白い仮面。そいつは顔の横でピースを作って間抜けなポーズを取った。
「遅刻してごめんね! 怪盗☆西萩昇汰、参・上!」
西萩昇汰の足元には、昏倒させられた捜査員たちが転がっている。正面玄関を守っていた奴らだ。西萩昇汰に危害を加えられたのか、それとも単にガスか何かで眠っているだけなのかは判別つかなかったが、今までの奴の犯行の手口から言って、恐らく後者だろう。
「出たな、怪盗☆西萩昇汰! この美術館の宝石『虹の瞳』は渡さないからな!」
川越が西萩昇汰を指さして宣言する。すると、奴はポーズを決めたまま首を傾げた。
「え、あれそんな名前だったんだ」
「は?」
「僕なんかすごい宝石だってことしか知らないからさあ。盗ったら転売するだけだし、まあいいよね?」
てへ、とでも擬音のつきそうな風に西萩昇汰は舌を出す。その人をおちょくったような態度に怒りを覚えた舩江は、西萩昇汰に歩み寄ろうとしたのだが、その直前に奴は手を上げて口の端を吊り上げた。
「よーし、じゃあいっきまーす! とーう!」
間抜けな声を上げて西萩昇汰は飛び上がる。背後の壁を蹴って、捜査員の頭上を越え、宝石へと真っ直ぐ走り寄ろうとし――ずべしゃあと音を立てて何もないところですっころんだ。
「えー……あいたたた」
顔を押さえながら立ち上がる西萩昇汰。その顔からは折角つけていた仮面が取れ、素顔が露わになってしまっていた。
「あっ、また仮面取れちゃったよー。これで何回目?」
呑気に舩江に尋ねてくる西萩昇汰に業を煮やした舩江は、拳銃を出して奴に向かって構えた。
「観念しろ西萩昇汰!」
「ええー観念したくないんだけどなあ」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべながら西萩昇汰は座ったまま舩江を見上げる。舩江は拳銃を構えたままじりじりと西萩昇汰に近寄り――あと数歩というところまで奴が後ろ手に持っていたものに気付けなかった。
「えーい!」
西萩昇汰は煙玉を地面に打ち付けると、素早く立ち上がって宝石の方へと駆け寄っていった。川越は慌ててその後を追ったが、舩江は敢えて奴の後を追わなかった。
パリンと音がして、ガラスケースが叩き割られたのだということが遠く離れた舩江にも分かる。西萩昇汰は宝石を手に取ると、踵を返して正面玄関へと走ってきた。それを真正面から迎え撃つのは舩江警部だ。
「退いてよ舩江!」
「……ああ、退こうか」
舩江は体を引き、西萩昇汰はきょとんとした顔でそれを目で追ってしまう。そのせいで、舩江が自分の足元に差し出した舩江の長い足に西萩昇汰は気付けなかった。
「うわっ、わわっ、わぁ!」
足を見事に引っかけられ、西萩昇汰は地面に倒れ込む。その隙を逃さず、舩江は奴の頭に拳骨を落とした。
「いったぁー!」
「やっと捕まえたぞ、このコソ泥!」
「コソ泥って……怪盗って言ってよ! かっこわるいじゃん!」
的外れな抗議の声を上げる西萩昇汰の腕をひねりあげ、舩江は奴を拘束する。西萩昇汰は情けない悲鳴を上げた。
「痛い痛い痛い! ひどいよ舩江! 暴力男は嫌われるんだよ!?」
「ああ?」
「わー怖い! そういうのもどうかと思うよ! ……あ、でも舩江分かんないか! だって童貞だもんね!」
その場の温度が一気に二度ほど冷えた気がした。西萩昇汰に手錠をかけて黙り込んだ舩江に、川越はおそるおそる声をかける。
「あ、あの、舩江さん……?」
「川越黙ってろ。さっさとこいつを連行するぞ」
「えー! 連行されたくないー! 留置所のごはん美味しくないんだもんー!」
「大の大人がもんとか言うな気色悪い」
「舩江酷い! ねえねえ川越くん、今のは舩江が酷いよね?」
「えっえっ? 俺はそのぅ……」
「川越、相手にするな。ほら立て、西萩昇汰!」
「えー、やだやだー! 捕まるのやだー!」
「うるさい!」
「捕まるのはやだなあ……仕方ない……背に腹は代えられないかぁ……」
無理矢理立たされた西萩昇汰は天を仰いで大声で叫んだ。
「たすけてー! ゆーかーりーくーんーー!!」
ザザーー、ザーーー。
急に舩江たちのつけていた通信機にノイズが走る。不審に思った舩江が耳の通信機を押さえると、聞き覚えのある大声が通信機から響いてきた。
「やっほー! 警察の皆さん、雁首揃えてご機嫌麗しゅうー?」
その声を聞いた川越が思わず外した通信機と、目の前に立つ西萩昇汰を見比べた。そう、通信機から響くこの声は、西萩昇汰と全く同じだったのだ。
いち早く衝撃から回復した舩江は、通信機に向かって怒鳴りつける。
「だ、誰だお前は!」
「えー僕? 僕は西萩縁! そこで捕まってるクソ間抜けの親戚みたいなもの!」
捜査員たちの視線が一斉に拘束される西萩昇汰に向けられる。西萩昇汰はマイペースにぷんぷんと怒っていた。
「ちょっと縁くん、クソ間抜けってひどくない!?」
「うるさい、馬鹿、トンマ、間抜け! 何こっちの仕事増やしてくれてんのさ!」
「好きで捕まった……んじゃないわけじゃないんだけどぉ」
ぶつぶつと言い訳らしきものを続ける西萩昇汰に、西萩縁と名乗った声はさらに追撃を加える。
「大体昇汰くんのおつむが弱いせいで今回だって遅刻しちゃったんじゃん!」
「あ、あれは仕方ないでしょ! 衣装着るのにちょっと手間取っちゃったんだから!」
「もう何回着てると思ってるの! いい加減慣れてよ!」
「うう、返す言葉もございません……」
「そもそも昇汰くんはさぁ!」
喧々囂々と続く言い合いに、警察陣は一様に呆気にとられる。数分間それが続いた頃、正気を取り戻した舩江は二人の間に割って入った。
「あー待て待て、待ってくれ。ご歓談中失礼するが、お前はなんなんだ? こいつを助けに来たのか?」
「まっさかぁ! 僕が昇汰くんを助けるわけないじゃん! 単純に昇汰くんを笑いに来たのと、昇汰くんの持ってる宝石が欲しいだけだよ!」
「酷い! 酷いよ、縁くん! 恥を忍んで助けてって言ったのに!」
めそめそと嘘泣きらしきものをし始めた西萩昇汰に騙された川越がハンカチを差し出す。
「やめろ川越、嘘泣きだ」
「酷い! 舩江まで僕をいじめるの!? 僕は本気で悲しんでるっていうのに!」
「あああ、泣かないでください……」
「ちょっと昇汰くん聞いてるぅ!?」
「えーんえーん」
「泣かないでくださいよぉ……俺まで悲しくなってくるじゃないですかぁ……」
混沌とする現場。おろおろとする捜査員。募る苛立ちのままに舩江は混乱の原因たちを怒鳴りつけた。
「ふざけてるのかお前らは!!」
「失礼な! ふざけてるよ!」
「ふざけてないわけないじゃん馬鹿なの!?」
逆切れである。見事な逆切れである。一瞬気圧された舩江は、二人のマシンガントークに飲まれる羽目になってしまった。
「ていうかさあお兄さん、毎回毎回食らいついてきて生意気なんだよね!」
「そうだよ舩江! 僕らがどれだけ舩江を驚かそうと頑張ってるか知ってるの!?」
「もうちょっと僕らに敬意ってものを見せてほしいよね!」
「そうそうついでに誠意も見せてほしいよね!」
「具体的にはその宝石とかさー!」
「一個ぐらいくれてもいいんじゃない?」
「誰がやるか!!」
「ケチ!」
「ケチー!」
「ケチの上に童貞のくせに!」
「童貞のくせにー!」
「だ、黙ってろ童顔! 右から左からうるせえな!」
「わー図星図星!」
「お兄さんホントに童貞なんだね!」
きゃはははは! と耳障りで下品な笑い声を上げる二人に業を煮やした舩江は、手錠から手を離し、西萩昇汰の胸倉を掴もうとしてしまう。
しかしその時、舩江の背中に何かボールのようなものが直撃した。
「うわっ、な、なん」
「わぷっ……」
途端にはじけたのは、白い煙の渦だった。思わず目を閉じてしまった舩江の手から、何者かが宝石を抜き取る。
「このっ、待て、西萩昇汰!!」
勘だけで入口の扉へと走り寄り、咳き込みながら煙の外へと脱出する。するとそこには、遠くでぶんぶんと手を振る西萩昇汰の姿があった。
「じゃあねー! 彼女いない歴26年の舩江警部ー!」
「お、追え! 追えー!!」
頭に血が上った舩江は捜査員に指示を飛ばしながら、自分も西萩昇汰の後を追いかける。しかし、西萩昇汰の姿はいつも通り、忽然と消えてしまったのであった。
つづく……?
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