ダブル西萩のハウダニット(出題編)
「状況を整理しようか」
僕がそう言うと、デスクの周りに集まってきていた三人は傾けられたモニターを覗きこんできた。
「縁くんからついさっき送られてきたメールはこれ」
「なになに? 親愛なる昇汰くんへ。こんにちは。今日も地球の酸素を無駄に浪費して生きているのかな? そんな生き方してて恥ずかしくないの? いっそ死んだ方が世のため人のためだと思」
「要点をまとめると」
読み上げ始めた明日香を遮り、僕はモニターを自分の方へと向き直させる。
「件の事件の犯人は縁くんで、動機は復讐代行。僕は絶対に捕まらないようにはなっているけれど、折角密室にしてみたんだから解いてみてよ探偵諸君、だってさ」
三人のことを見ないまま苛立たしげに言う。きっと舩江は眉間にしわを寄せているだろうし、明日香と川越くんは苦笑いをしているだろうが、知ったことではない。
「所長、その、捕まらないようになっているってどういう意味ですかね?」
「ああそれ? 縁くんってそういうの得意なんだよ。根回しって言うの? 今回も大方警察の偉い人に賄賂送ったか、弱み握ったかのどちらかなんじゃない?」
ほんっとうにつくづく人間のクズだよねえと唇を尖らせると、案の定川越くんは苦笑いをした。何その扱いづらい人を扱う時みたいな顔。腹が立つ。
「それで――西萩さんはその挑戦を受けるんですか?」
「まさか! ……と言いたいところなんだけど、実はこの一件、僕にもメリットが用意されててさ」
「メリット?」
「そ。僕にとって、ものすごーーく重大なメリットだよ」
そこで言葉を切って、僕はこれ以上話す気はないことを暗に示す。明日香はそれ以上何も聞かなかったし、舩江も川越くんも気になっているようではあったけれど聞かないでくれた。ありがとう三人とも。うん、その方がいいよね。これが秘密にすべきことだってぐらい僕にも分かることだし。
さて、そうと決まれば早速推理ゲームの始まりだ。僕は縁くんから送られてきたメールを指でなぞりながら言った。
「縁くんによれば犯行時刻は三日前の午後十時半。これは明日香の情報と一致してる?」
「はい。確かにその時間で間違いありません。正確には十時二十八分のようですが」
明日香の言葉に僕は指を止める。僕が口を開きかけた時、舩江が先んじて明日香に尋ねた。
「どうしてそんなに詳しい時間が分かる。普通そういうものは『頃』となるものなんじゃないのか」
僕の疑問をそのまま口に出してくれた舩江に感謝していると、明日香は手をひらひら振りながらにっこり笑った。
「やだなあ、舩江さん。私さっき言ったじゃないですか。被害者は複数人と通話中に殺害されたんですって。だから正確な殺害時刻が分かるんです」
ちょっと馬鹿にしたような言い方をされて、舩江は見るからに不機嫌そうな顔をする。よかった、僕が言わなくて。さっき言ったことも思い出せない鳥頭だと思われるところだった。
「通話していたからといって正確な時間を覚えているものか?」
「ああ、それはですね。彼ら、ネットゲームをしていたらしくて互いの画面を共有していたんですよ」
「スカイプか?」
「ディスコードですね。画面を共有してスコアを競い合っていたようです」
「あのぅ、じゃあもしかして録音とか録画とか残っていたり……?」
おそるおそる川越くんが尋ねる。
「はい。警察は録画された映像と音声を元に正確な時刻を割り出したようです」
「その映像と音声って入手できる?」
「勿論ですとも! ていうかもう入手してあります!」
明日香は胸を張ると、いつもより大きな鞄からタブレットを取り出した。ああ、最初からそのつもりだったもんね。用意周到なことだ。
「犯行の五分前から再生でいいですかね?」
「うん、お願い」
画面を軽快にタップして、明日香はタブレットを操作する。ほどなくしてタブレットに映像が流れ始めた。
『でさ、実際のところ、自己新記録更新できそうなのかよ?』
『んーまだ分かんないかな。そっちこそ次の挑戦ではせいぜい頑張ってね』
『あはは! 操作しながら会話なんて余裕だねー!』
『ほんとほんと。流石日本トップランカーは違うなあ』
『トップランカーなだけでトップじゃないんだから黙ってて』
『それでもすごいって! それに今日の挑戦でトップ3に入るかもなんでしょ?』
『かもってだけよ』
『すごいなあ! 実はね、私、アサちゃんがトップ3に入ったらサプライズをしようと思っててさ!』
『サプライズってバラしてどうすんだよ』
『馬鹿だなあ、ユカちゃんは』
『あっ……で、でも大丈夫だし! 絶対にびっくりするから、腰抜かさないでよ?』
(数十秒無音)
『あっ』
『お、おーー!!』
『すげえ!』
『やったじゃん、アサちゃん! 自己新! ううん! トップ3間違いないよ!』
『私もびっくりした……こんなに上手くいくなんて……』
『すごいすごい! あっ……じゃあ私サプライズの準備してくるね!』
『サプライズの準備って』
『ホントに馬鹿だなあユカちゃん』
(数十秒無音)
(何かが落ちる音が複数)
『きゃああああああ!』
『ユカちゃん!?』
『ど、どうしたの!?』
『来ないで、来ないでええええ!!』
(銃声らしき音)
(何かが倒れる音)
『え、何かの冗談だよね?』
『ユカちゃん、ユカちゃん!?』
『と……とりあえず警察だ! アサちゃん、確かユカちゃんの自宅知ってたよね!?』
『う、うん!』
「とまあこんな感じですね。この十数分後に警察が到着し、鍵とチェーンがかかっていたため管理人を立ち会わせて中に入ってみたところ、被害者が倒れていたそうです」
生々しい事件の音声に僕たちは少しの間黙り込む。その沈黙を破ったのは、少し震えながら片手を上げた川越くんだった。
「声を聞く限り、参加していたのは四人ですかね?」
「はい。男性が二人、女性が二人。ユカと呼ばれていたのが被害者です」
他の資料を開くために動画を閉じようとした明日香を僕は制止する。
「その録画、もうちょっと後まで聞けるかな」
明日香は僕の指示に従って動画の再生を再開した。聞こえてくるのは無音、無音、ひたすらに無音。最初こそ一緒に通話していた三人が慌てて部屋から出ていく音が聞こえていたが、それ以外の音は聞こえてこなかった。僕は顎に手を置いて考え込んだ。
「クソアマ、遺体の写真はないのか」
舩江が明日香に要求して、タブレットには銃殺された女性の死体が映し出された。ピンクのパジャマ、床の上に広がった髪と血だまり、足には分厚い靴下、そして手には手袋。
「手袋……」
「ああ、彼女は冷え性で、最近は室内でもいつも手袋をしていたようですよ」
そんな補足を聞きながら僕はさらに考え込む。
「もしかして……犯行時刻前後、防犯カメラに怪しい人物は全く映ってなかったり、する?」
明日香は一度きょとんとした後、訝しげな顔をしながらも首を縦に振った。
「はい、その通りです。そのせいで警察の捜査は難航しているようで。でもなんで分かったんです?」
三人分の視線を受けながら僕はゆっくり顔を上げ、へらっと笑ってみせた。
「僕、真相分かっちゃったかも」
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