ダブル西萩のハウダニット(導入編)
「皆さんは推理小説って読まれます?」
情報提供のついでに出したコーヒーを飲みながら、唐突に明日香は切り出した。
「んー有名なのなら読むけど、それがどうかしたの?」
「最近この辺で殺人事件があったでしょう? あれ、実は密室殺人事件らしいんですよ」
指を組んで興奮した様子で明日香は言う。僕は顔を上げないまま答えた。
「へぇ初耳。そんな事件があったんだ」
「ニュース見た方がいいですって西萩さん」
「だってうちテレビないんだもん」
自分用に淹れたコーヒーを啜りながら答えると、明日香はがっくりと肩を落としてから、めげずに話題を続けた。
「密室ですよ、密室。推理小説の定番じゃないですか。皆さんは燃えないんですか?」
鼻息荒く力説する明日香に、デスクに座っていた舩江が視線をちらっと上げる。あ、これは内心ちょっと気になってる顔だな。掃除をしていた川越くんも手を止めているし、ここはこの話を続けてみよう。
僕はパソコンで事務所あてのメールを開きながら明日香に目をやらないまま答えた。
「ちょっと気になるかもね」
「そうでしょうそうでしょう!本来ならお金を取るべき情報なんですがね、この明日香、事件の情報を大公開しちゃいますね!」
「太っ腹だね」
「ええ、皆さんと推理がしたいので!」
「それが本音かあ」
仕事の付き合いの僕たちにこんな話題を振るだなんて明日香ったら友達いないのかな。ああでも、友達にこんな話題を振るわけにもいかないか。守秘義務?みたいなのもあるだろうし。
「現場はどこにでもありそうなマンションの一室だったそうです。間取りは2DK。全ての窓やドアには鍵がかかっていて、室内は荒らされていました。被害者の女性の死因は銃殺。犯行時刻に複数の人間と通話をしている最中に侵入してきた何者かに襲われて殺されたようです」
「ふーん、凶器は残っていたの?」
「はい。女性のすぐそばに落ちていました。警察は出所を探っていますが、なかなか見つからないみたいです」
「使えないなあ。税金分ぐらいは仕事してほしいよね」
「し、辛辣ですね、西萩さん」
「何度か冤罪でしょっぴかれたことがあるからね」
吐き捨てるように言ってやると、流石に明日香も事情を察したようで苦笑いをしていた。
「それでお待ちかねのフーダニットのコーナーですよ!」
「ああ、待って明日香」
僕は少し苛立ちながらマウスを指でとんとんと叩く。
「この事件、フーダニットも、ついでに言えばホワイダニットも必要ないよ」
「……と言いますと?」
不思議そうな顔をする明日香にも見えるように、僕はパソコンのモニタを動かしてみせた。
「だってそれやったの、縁くんだもん」
メールの文面からも伝わってきそうなニヤニヤ顔を思いながら僕は顔をしかめた。
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