ダブル西萩シリーズ
ダブル西萩の決別(女体化注意)
僕、西萩縁は女性である。女性であるのだが男性でもある。こう言うとちょっとややこしくなってしまうのだが、性自認が男性で、体は女性で生まれてきてしまったということだ。
つまり僕は――男の子になりたい女の子だったのだ。
物心ついた時から女の子の扱いを受けるのが大嫌いだった。ピンクの服なんて着たくなかったし、フリルなんてもってのほか。ぬいぐるみは――まあ、ぬいぐるみには罪はないから、貰ったらありがたく部屋の隅には置いていたけれど、すすんでそれで遊ぶようなことはしない子供だった。僕にとって遊びと言えばヒーローごっこだったり怪獣フィギュアの戦いだったりしたのだ。
僕には幼馴染と呼ぶべき人間がいた。そいつは僕の従兄弟で、奇遇にも僕と同い年の子供だった。
名前は西萩昇汰。ちょっとぼんやりしているし泣き虫で薄情だけど、一応いい奴だ。正確にはいい奴だった、と言うべきか。
昇汰くんとはいつも怪獣やヒーローのおもちゃで遊んでいた。よく僕のおもちゃを昇汰くんが壊したり、昇汰くんのおもちゃを僕が壊したりして喧嘩になったりもしたが、昇汰くんは口喧嘩も取っ組み合いも弱かったので、いつも僕が勝っては、昇汰くんが母親に泣きつくのが日常だった。
僕たちの関係は、小学校に上がっても変わらなかった。従兄弟だというのに不思議とそっくりな顔の僕たちは、よく双子に間違われたり、取り違えられて呼ばれたりもしたが、平和と言えば平和な日々だった。変わったことと言えば、昇汰くんと僕の喧嘩が激しくなったことぐらいか。
だけどお互いにこれをしたらヤバいという線は見極めていて、よく先生に捕まって生徒指導室に連れていかれていたけれど、それでもお互いに酷い怪我をするほどでもなかった。
僕と昇汰くんはいつだって鏡合わせで、仲はそんなに良くなかったかもしれないけれど、それでもきっとお互いになくてはならない存在だった。
でも、中学に上がった時にそれは変わってしまった。
当たり前だが中学校には制服がある。僕たちが進学した学校はセーラー服と学ランが制服だった。
僕は最初、セーラー服を着ることにひどく抵抗した。だって僕は男の子なんだ。どうしてスカートなんて履かなきゃいけないんだ。
小学生の頃は僕の意思を尊重してズボンを履かせ続けてくれた両親も、今回ばかりは僕の味方にはなってくれなかった。僕は自分で言うのもなんだけど、親に対しては割と従順な子供だったので、吐き気がするほどの酷い抵抗は覚えながらも、セーラー服にスカートを履いて、中学生活を送り始めることになったのだった。
最初、昇汰くんは僕のセーラー服姿について何も言わなかった。そうしてくれていた方が僕としては気楽だったし、ありがたかった。
中学生になってから、僕は悪い連中とつるむようになっていった。元々の僕の素行はそんなによくなかったし、喧嘩も強かったので、俗に不良と呼ばれる生徒たちと馴染むのも早かったし、その中でのし上がるのも早かった。だけど昇汰くんへの悪戯は、不良たちの人脈を活用することは絶対になかった。だってこれは僕と昇汰くんの問題で、他の奴に手出しをさせるのも無粋だと思っていたのだ。
そんな日々を送っていた僕だったが、ある時転機が訪れた。――ある日、腹痛がしたと思ったら、下着が血で濡れていたのだ。
それが何を意味しているのか分からない僕ではなかった。いつか自分の身にも起こることだとは思っていたが、それがついに来てしまったことを理解したくなかった。
その日が来て数日、僕はショックで学校を休んだ。両親は最初それを許してくれていたけれど、体の不調から来るものだと思っていたので、月のものが収まってしまってからは、学校に行くように急かしてきた。僕は両親に対してだけは良い子だったので、それに従うことにした。だけど素直に授業に出たくはなくて、僕はその日は一日中屋上で時間を潰すことにしたのだった。
「あ、いたいた、縁くん」
突然目の前で声がして、眠っていてしまった僕は瞼を開ける。そこには差し込んでくる夕日と、こちらを覗きこむ昇汰くんの姿があった。
「昇汰くん」
「だめだよ、ちゃんと授業に出ないと。先生心配してたよ?」
「うるさいな。昇汰くんには関係ないでしょ」
「関係あるって」
「……先生に探して様子を見てこいって言われたから?」
「うん、まあね!」
意地悪な質問をしてみると、昇汰くんは満面の笑みで素直にそれに答えた。その能天気な様子が可笑しくて、僕は少し笑ってしまっていた。
「ねえ、縁くん」
「何、昇汰くん」
「どうして学校休んでたの?」
直球な質問に、僕は一瞬言葉に詰まってしまった。そうだった。こいつはデリカシーとか情緒とかそういう単語を知らない奴だった。僕はうんと考えた末に答えた。
「僕さ、男の子になりたかったんだ」
立ち上がりながら僕はそうやって切り出す。
「怪獣が好きでいたかったし、男の子の遊びに混ぜてもらいたかったし、ずっと昇汰くんとおんなじように生きていきたかったんだ」
本心の言葉を重ねるごとに目の前の景色が滲んでいくのが分かった。分かっていたけれど、自分では止められなかった。僕は俯いて、もうほとんどしゃくりあげながら言葉を続ける。
「セーラー服だって、こんなの僕着たくないし、似合わないよ……」
押し殺すように泣く僕に昇汰くんも立ち上がって歩み寄ってきた。
「えーっと」
こういう時はどういうんだっけ、とでも言いたそうな顔で昇汰くんは考え込み、そして口を開いた。
「似合ってるよ。セーラー服姿も可愛いよ縁くん」
その言葉に、僕は全身が総毛立つ思いがした。
よりにもよって僕と同じ身長で同じ顔で、声変わりが始まった声で昇汰くんは言うのだ。僕がほしかったもの全部持っているくせに、そんなことを言うのだ。
僕は思わず昇汰くんの頬を張り飛ばした。
「昇汰くんの馬鹿!」
数日後、僕は持てる人脈の全てを使って、空き教室に昇汰くんを縛って転がしていた。昇汰くんの後ろには、身動きできないように僕の言うことを聞いてくれる奴らを立たせてある。僕は跪く昇汰くんを、机の上で足を組んで見下ろした。
「いいザマだね昇汰くん! 全部お前が悪いんだからね!」
「縁くん、なんで……」
捕まえてきた時に既に殴られて、顔面を少し腫らしている昇汰くんが僕を見上げてくる。
なんで。なんでだって? ここまで来てもこいつは分からないのか。
僕は机から飛び降りると、昇汰くんを横薙ぎに蹴り飛ばして倒れ込ませた。
「似合ってるって言ったこと撤回して」
「……え?」
「僕にこんな服が似合ってるだなんて言ったこと撤回して」
昇汰くんの前に仁王立ちになって、拳を握りしめながら叫ぶ。
「ほら早く!」
今だったら許してあげるから。そうしたらもうこんな卑怯なことしないから。だから早く謝ってよ!
「え、だって似合ってるもん。縁くん女の子だし当たり前でしょ?」
一気に頭に血が上り、僕は一瞬、視界が真っ白になった。
「ほんっとうに、死んでくれないかな!」
そう言い放って不良たちに押さえつけられる昇汰くんの頭を、素足で思いきり蹴飛ばす。昇汰くんはくぐもった変な声を上げて動かなくなった。
僕はそれをゴミを見るような気分で見下ろした後、上履きを引っ掴んで大股で教室を出ていった。
奥歯を噛み締めて、目に薄く張る涙の膜をなかったことにしようとする。一泡吹かせてやって清々したけれど、何故だか、大切なものが壊れてしまったような気もした。
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