人でなし西萩の死体遺棄

 深夜一時。西萩からLINEにメッセージが届いたのはそんな非常識な時間だった。

「たいへんなことになっちゃった。ふなえたすけて」

 あいつらしくもない、スタンプも何もないひらがなだけのメッセージ。異様な何かを感じ取った俺は、「今どこにいる」とだけ打って、ハンガーにかけておいた私服に着替えはじめた。

 指定された場所に行ってみると、そこは西萩が住んでいるアパートからは遠く離れたマンションの一室だった。

 マンションの前に車を停め、ダウンジャケットの前を閉めながら指定された部屋へと駆け上ると、部屋の前で靴も履かずにおろおろとしている西萩が目に入った。

「ふなえ……」

「何があった」

 動揺した様子の西萩の肩を揺さぶると、ハッと正気に戻った顔をして俺を慌てて部屋の中へと引き込んできた。

 ばたばたと靴を蹴り飛ばし、部屋の中に入る。玄関横の台所を通りすぎ、奥の部屋に走り込むと、そこには1台のダブルサイズのベッドと――その上に裸で横たわる女性の姿があった。

「……は?」

 突然目の前に出された女性の裸体に、咄嗟に反応できず固まる。しかしその女性は入ってきた俺に気付く様子もなく、ただベッドに体を預けて脱力するばかりだ。

 眠っているのかとも思ったが、おそるおそる近付いてみても何故か女性は身動き一つしない。それどころか目も見開き、胸や腹も上下していないように見える。慌てて駆け寄り、口元に手をやったが、息を感じることはできなかった。

「西萩、お前……」

 振り向いて震える声で西萩に問いかけると、西萩はいっそ面白いほど動揺した表情で胸の前で手を組んだ。

「えっと……殺すつもりじゃなかったんだよ。彼女ね、首絞めプレイが好きでさ、だんだん軽く絞めるだけじゃ物足りなくなっちゃったみたいで、どんどん強く絞めてって言ってくるの。だから僕、その通りにしてあげたんだけど、そしたらなんかね、死んじゃったんだ」

 ちょっとだけ語気を緩めて、西萩は能天気な声で言ったが、すぐに肩を落として震えだした。

「どうしよう」

 そんなこと俺が聞きたいぐらいだ。俺に言われても困る。そうやって突き放すのは簡単だったが、どうしてもその一言が言えなかった。

 西萩の握っていたスマホが能天気な着信音を鳴らし始めたのはその時だった。西萩はハッと気づくと、すぐに画面をタップして誰かと電話を始めてしまった。

 どんな内容なのかは俺には聞き取れなかった。ただ会話が進むごとに西萩の顔は青ざめていき、通話が終わるころには文字通り顔面蒼白といったありさまだった。

「舩江」

 顔色の悪いまま、西萩は俺を見て、引きつったような表情でにへらと笑った。

「一緒に死体を処理してくれない?」



 俺の運転する車の中で、西萩は俯きながらぽつりぽつりと事情を説明した。

「なんかお願いしたらさ、バラすまではやるようにって言われて」

「それが責任っていうかケジメだってさ」

「そこまでやったら死体遺棄も証拠隠滅も僕のツテがなんとかしてくれるらしいから」

 俺は西萩の言葉に何も答えずにハンドルを握り続けた。トランクの中に詰め込んだ彼女の死体が、がたごとと揺れている気がした。

 運転すること一時間、指定されたのだという山の中に辿りつくと、そこには一件の小さな小屋があった。小屋の中にはおあつらえ向きに青いブルーシートが敷かれ、解体するときに使うのであろうノコギリや雨合羽やマスクも置いてあった。

 俺たちはキャリーバックに入れた女性の死体を二人がかりで小屋に運び入れ、ブルーシートの上に転がした。運ぶときに掴んだ彼女の腕は既に体温が抜け落ち、ほとんどゴム人形を触っているような触感がした。

 死体から立ち上ってくる気がする嫌な匂いから顔をそむけ、俺たちは解体道具の前に立った。置いてあった合羽に腕を通し、マスクをつける。

「どれぐらい解体すればいいんだ」

「最低限、腕と首と足は落としてほしいって」

「……そうか」

 言葉少なにそう会話した後、俺は西萩の前にあったノコギリを手に取った。こいつは力がないから、こっちは俺がやるべきだろう。

 ノコギリを手に、女性の死体に歩み寄る。最初はどこから切るべきだろうか。一番細い手だろうか。……いや、手足を切り落としてしまったら体が転がってしまうだろうし頭からなんだろう。

 死体の前に立ち止まり、ノコギリを女性の首に当てる。その切っ先がぷるぷると震えているのに気付き、俺は自分の手が震えているのを知った。

 これを動かしてしまえば、死体の首から血が噴き出てくるだろう。ブルーシートに赤色が飛び散って、血の酷い匂いが漂ってきて――

 想像しただけなのに吐き気がしてきて、俺は奥歯を噛み締めてなんとかそれを飲み下した。

 だめだ。ここまで来てしまったら、もう逃げられない。やるしかないんだ。

 体の奥底から湧き出てくる震えを押し殺し、ノコギリを握る手に体重をかけようとする。そんな俺の手を引きとどめたのは西萩だった。

「いいよ、舩江。もう大丈夫」

 思いの外強い力で手を押さえられ、俺は西萩を振り返る。西萩は人好きのするいつもの笑みで俺を見てきた。

「ごめんね、ここまで運ばせちゃって。ここからは僕一人でやるよ」

 俺の手からノコギリをもぎ取り、俺を押しのけて女性の首にノコギリの刃をぴたりと当てる。

「バラすだけだもん。なんとかなるって」

 言うが早いか西萩はノコギリを動かし、死体の首に小さく傷がついた。傷からは徐々に血が滲み、ノコギリの刃を汚していく。西萩は力をこめてもう一度ノコギリを引いた。

 徐々に広がっていく血だまりを見下ろしながら、俺はぽつりと西萩に尋ねた。

「西萩、なんで俺を呼んだんだ」

 西萩は手を止めて俺を見て――また手元に視線を落とした。

「だってその、混乱してたのもあったけど……」

 ぎゅっとノコギリの柄を握りしめ、消え入るような声で言う。

「舩江、僕が捕まったら一人になっちゃうでしょ? それは可哀想だなって思ったからさ……」

 想像だにしていなかった言葉で返され、俺は押し黙る。西萩はすぐに死体に向き直ると、再びノコギリを動かしはじめていた。俺は――自分の中の感情を消化できないまま、それでも手は勝手に動いて、西萩の手を押さえてノコギリを奪い取っていた。

「ちょっと舩江?」

 きょとんとした、もしかしたら不満そうな声を上げてこちらを見る西萩に目を合わせないようにして、俺は西萩に代わって死体の首にノコギリを当てた。

「乗りかかった船だ。最後まで付き合う」



「そういえばさ」

 死体を解体し終わった帰り道、助手席にぐったりと座りながら西萩は口を開いた。あの後やってきた西萩のツテとやらが、解体し終えた女の死体をトランクに入れて立ち去り、俺たちは妙な高揚感のまま帰路についていた。

「舩江、幽霊見えるんでしょ? あそこに彼女の幽霊はいなかったの?」

「そういえばいなかったな」

「なんでだろう」

「さあな」

 上っていく朝日に目を細めながら答える。

「満足して死んだんじゃないか」

「何それ、勝手な奴」

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