人でなし西萩の直感

 西萩は妙に勘のいい男だ。

 直感、というのか、それとも虫の知らせというやつなのか、とにかく奴は勘がいい。しかもほとんどの場合、どうでもいいことに関してだ。

 ある時、俺が外に調査に出かけようとしたとき、西萩は「あ」と声を上げた。俺が振り返ってみると、西萩は事務所の共用の黒い傘を取って俺に手渡してきた。

「なんか降る気がするから持っていきなよ」

 窓の外を見てみるが、あきれ返るほどの晴天だ。天気予報も降水確率0パーセントで、とても雨が降るとは思えない。

 だが、折角手渡された善意を突き返すのもあれだったので、俺はその傘を持って、外に出ることにした。


 結論を言うと、数時間後の溝の口には謎の豪雨が降っていた。


 またある時。少し遠出して田舎のあたりを歩いていた時、それまで普通に歩いていた西萩は急にふらふらっと車道側に出ていってしまった。

 足でももつれたのかとそれを眺めていると、突然、俺の足元に水が飛んできた。

 スーツの裾が濡れてしまい、顔を上げると、申し訳なさそうにしている女性がホースで打ち水をしていたのだと分かった。

 自分だけ避けた西萩に苛立ちながら、それでもその時は西萩の勘の良さに気付くことはなかった。


 またまたある時、普通に住宅街を歩いていた俺たちだったが、西萩は突然「あ」と声を上げて立ち止まった。

 前にも似たようなことがあったな、と思いながら振り返ってみると、ちょうど俺の右隣、西萩がそのまま歩いていれば直撃していたであろう場所に植木鉢が落ちてきた。

 西萩は「わー」だとか「おー」だとか声を上げて、頭上のベランダで慌てる女性に「大丈夫ですよー」と声をかけていた。

 その事件を経て、俺は西萩には予知能力があるんじゃないかと思い始めたのだ。


 またまたまたある時。俺と西萩はとある工事現場の横を通っていた。

「西萩」

「何、舩江?」

 少し前を歩いていた西萩に、ふと思い出したことを俺は尋ねてみた。

「お前は超能力者なのか?」

「へ?」

 きょとーんとした顔で西萩は俺を見る。俺は何故そう思ったのかを説明する羽目になった。

「いやお前、前に植木鉢が落ちてくるのを予知してただろう。他にも打ち水をよけたり、天気を当てたり――」

 最初はぽかんとしていた西萩だったが、何を言われているのかだんだん理解してきたらしく、俺を見てけらけらと笑い出した。

「まっさかぁ! 僕にはそんな大層なものはないって! あるとしたらただの虫の知らせぐらい! それより今日はこっちの道通ってもいい? ちょっと寄り道したいところがあるんだ」

 うまくはぐらかされたような気分にはなったが、西萩が嘘を言っているようには見えなかった。その時はそれで過ぎたのだが――翌日の朝刊で、あの工事現場で鉄板の転落事故があったのだというニュースを見て、俺は疑惑を深めたのだった。


 そして俺が西萩の能力を確信した事件がある。

 その日、俺たち二人は事務所でパソコンに向かって仕事をしていた。無言でキーボードを叩いていたかと思えば、突然手を止めて西萩が話しかけてくる。そんなありきたりな時間を過ごしていたのだが――その瞬間、西萩は勢いよく立ち上がると、俺のデスクに歩み寄り、こんな力がどこにあったのかと聞きたくなるほど強い力で俺を引っ張った。

「おい、西萩!?」

「いいからこっち!」

 必死な様子の西萩に、俺は怪訝に思いつつも、あいつに従うことにした。

 その数秒後、事務所に鉄球が突っ込んできた。

 鉄球だ。工事用の、というかビルを解体する時に使われるあの鉄球だ。突然事務所に突っ込んできた大質量に俺は言葉を失い、隣の西萩も今度ばかりは「えええええ」と驚いているようだった。

「えっ、えー!? うちって解体予定だったっけ!?」

「そんな連絡は来てない、はずだが……」

「僕も聞いてないよ、何これ! 事務所がぐしゃぐしゃだよ!」

 しばらくは混乱した様子だった西萩だったが、数分後には「これって損害賠償取れるよね……?」などと打算的なことを言い出したので、やっぱりこいつは西萩だなあと俺は思った。


 こうして西萩の、超能力じみた勘の良さを実感した俺は――特別に何かをするというわけでもなかった。

 今、俺はブルーシートで穴を塞いだ風通しのいい事務所で、ときどきくしゃみをしながら仕事をしていた。

 奇跡的にネット回線は繋がっていたので、相談事務所の業務はなんとか行えると判断した結果だった。とはいえ、壁に穴が開いた状態で夜を過ごすのは危険すぎる。夕暮れ時になっても帰ってこない所長を思いながら、置いて帰ろうかと思い始めた時、いきなり事務所のドアが開いて上機嫌の西萩が入ってきた。

「見て見て舩江! すごいんだよ!」

「うるさい、何がだ」

 顔も上げずに言ってやると、西萩は俺の視界にも入るようにその箱を持って近寄ってきた。

「行列のできるケーキ屋さんでさ、セールやってたんだ! 大量発注したお客さんがキャンセルしたとかで、たくさん余ってたんだって! 舩江も食べるよね?」

 能天気な顔で西萩は言う。

 まあ、こういう使い方をするのだから、超能力のことなんて別に気にすることでもないのだろう。だって西萩だしな。

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