第3話
ただ、言葉を失い、呆然と目の前の花を見つめる。花は、ふうと息をつき、机の上の文庫本に手を伸ばそうとするので、それを手で制して言う。正直、あの男子生徒のことをよく知りたかったので残念だった。
「わかった。個人で仲良くしたいなら、それでいいと思う」
「ありがとう。でも、名前は、高山くん。下の名前はわからない」
花は俺の腕を柔らかく掴んで、目を見て言った。仲良くしている人の下の名前を知らないとは、なんとも花っぽい。人に興味がないのかわからないが、人の顔と名前の覚えが悪く、彼女曰くクラスメートは顔無しの名無しらしい。
「もしかして俺の下の名前も覚えてない……?」
傷付くのを覚悟で聞いてみる。
その覚悟とは裏腹に、花はこの一週間で一番の笑顔でおもしろそうに笑った。
「さすがに覚えてるよ。紳」
「良かった〜」
胸を両手で抑えて心底安心したようにそう言うと、花は再度控えめに笑う。それと同時に休み時間終了を告げるチャイムが鳴り響き、俺は花の手に一瞬触れてから、「じゃあ放課後に」と言い残して教室を去る。
少しでも意識してくれただろうか。
手を触れた時は照れくさくて花の顔は見れなかったが、今更気になる。
どんな顔をしていたのだろう。花のことだから一切動揺などせず澄ました顔でいたかもしれない。それ以前に、触れたことに気付いていないかもしれない。
自分の教室の席についた頃には、授業が始まる一分前だった。
これはいつか遅刻して叱られるな、そう思った。
三人で仲良くする気はない、と言ったとき、私は紳が嫌いだから言ったのではない。ただ単に複数の人間でいると、どうしても気を遣って好きなことも話せなくなるので、仲良くするのであれば一対一で話したい。勿論、私と紳の会話に高山くんは入ってきて欲しくないし、反対もある。
ついさっき教室を出て行った紳が、少しだけ私の指先に触れた気がした。気のせいだとは思うけれど、熱を持った紳の指先と逸らした顔が僅かに高潮していたのが、気がかりなのだ。もしかしたら紳は私に好意を持っているのではという言葉が脳裏をよぎった。
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