第2話
授業終了から開始までの十分間に、俺は隣のクラスに行くのが日課になっている。
二年B組の教室は窓を開けているわりに蒸し暑く、額に汗が浮かぶのが自分でもわかる。ワイシャツの半袖で雑に拭き、机に突っ伏しながら涼んでいる花のもとに行く。
花の前の席では男子生徒達がふざけながら遊び合っているので、後ろから回って窓側に立つと花は目を細め、「暑い」と呟いた。
俺は大人しくそこを退け、しゃがむ。するとちょうど目線が花と合った。一瞬高鳴った心臓を落ち着かせるように聞く。
「友達とかできた?」
「うん」
花は即答した。その顔は相変わらず眠そうで、あまり心配する必要もないと思った。
恋人でもなんでもないので花の友人関係にあまり干渉したくはないが、偶然にも廊下で男子生徒と二人でいる所を幾度も見てしまったのだ。
その男子生徒は背が高く、タレ目で端整な顔立ちをしている。遠くから見てもわかるほどの包容力と優しさに、花は惹かれるものがあったのだろうと思う。それでも、何か納得のいかないような、心に靄がかかったような状態のまま毎日を過ごしていた。
「どんな人?」
俺がそう聞くと、花はううんと唸り、
「優しい人」と言った。
優しい人間は誰にでも優しくする。俺は花には優しく接しているつもりだが、周りの人間にも優しくできているかは自信がない。それは俺が花を好意的な目で見ているから発生する優しさであり、花がもし見知らぬ他人だったら接した方は異なるかもしれない。その好意に、花は気付いているはずもないだろう。
俺は花の机の角に腕と顔を乗せ、餌を欲しがる犬のように花を見上げる。花は眠たそうな目で俺をちらりと見てから、腕枕をして目を閉じた。花は目を閉じても眠るわけではなく目を休めているだけなので、話し掛ける。
「名前は?」
がっついて聞くのも引かれそうで怖いので、あくまで柔らかい口調で。
「……」
沈黙が走る。本当に眠ってしまったかと焦った。だが、違うようだ。花は一拍子後に突き放すように言い放った。
「これ、紳に関係ないと思う」
「え?」
幼稚園から一緒に過ごして来たが、こんな否定的で突き放されたことは中学生の時の大喧嘩以来だ。なので驚いて素っ頓狂な間抜けな声しか出ない。
花は静かに目を開けて、感情のこもっていない声で言った。
「三人で仲良くする気はないよ」
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