あるスパイの墓標

イギリスの諜報スパイ機関そしきは、小説家をスパイとして雇う伝統みたいなものがあり、近年でのジョン・ル・カレやイアン・フレミング、グレアム・グリーンといった名前が浮かぶ(この3人が、いわゆるスパイ小説の書き手だったり、手に染めているのも意味深長である)。




フランシス・ウォルシンガム卿は、エリザベス一世の懐刀ふくしんとして、暗躍していた。

「貴女さまが手を汚すことはありにゃせん。

全ては、このウォルシンガムにお任せくたさいニャ」

と、彼はありとあらゆる手を使って、エリザベス一世の政敵を排除した。




クリストファー・マーロウは、かのシェイクスピアと双璧をなす、エリザベス一世時代の劇作家である。

彼は、大学時代から手のつけられぬ異端やんち

「もう遊びあきたニャ。

僕は、酒も牝も牡も止めるニャよ。

しばらくは、おとなしく生きていくニャ」

というくらいの放蕩ぶりであった。

しかも、結局先の3つは止めることはなかったのである。

しかし、彼にはそれ以上に重宝がられる特技があった。




スペインとの衝突が不可避となったある年。

イギリス国教会と対立してフランスへ逃げていたカトリックのギース公の前に、同じように逃げてきた猫がやって来た。

「なんとかここまで、逃げてきましたニャ。

お助けくにゃさい」

「うむ、顔を見せるニャ」

と、ギース公に命じられた猫は、顔を上げる。

ギース公は驚いた。

美貌ではないが、あだっぽい色気のある顔なのである。

ギース公は生つばを呑み込みながら

「よし、任せるニャ」

と、言った。

やがて、ギース公と男色の関係になる、その猫がクリストファー・マーロウの変装した姿である。

彼は、ギース公経由で、スペインの情報を入手していたという。




そんなマーロウは、イギリスに帰り、『フォースタス博士』『ダンバレイン大王』と言った作品で劇作家として成功する。

しかし、放蕩児としての行状は改まることなく、ウォルシンガムは

「うむむ、ヤバそうな感じがするニャ。

さて、どうするニャか……」

と、思案した。




その日、クリストファー・マーロウは酒場でイングラム・フリザーという猫とケンカしていた。

「貴様の作った劇にゃんぞ、つまらないニャ」

「○○○野郎に何言われても、なんの痛みも感じないニャ」

「ふざけるニャ!」

「にゃるか、このにゃろう!」

ケンカは、マーロウがフリザーに刺されて終わった。

当時、酒場の上の階に、ウォルシンガムの部下がいたために、口が軽くなった元スパイを消したのではないかとのがある。

が、そうではなくともほうぼうにうらみを買っていたため、ウヤムヤになってしまった。

こうして、1つの才能が世を足早に去ったのである。


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