昏い川の両岸で

 下克上げこくじょうという風潮を昔の辞書では『でもくらしぃと解すべき』と書かれていたが、ようするにある時代を変える動きとしてとらえてみると、そういう考え方であるのだろう。




 さて、戦国時代初期の近畿は応仁の乱以降の政局の変転で、カタ混乱ストロフを起こしていて、幕府が幕府として機能していなかった。

 だからこそ、後々の群雄割拠に至るのであるが。

 それはともかく、今の処近畿の支配者は、細川ほそかわはるもとという。

 支配者といっても、確固たる力による支配ではなく、あちらこちらをウロウロしている内に漁夫の利を得た、典型的な政治屋タイプの猫であった。

 ついでに書くと、細川家の当主でありながら、結局管領にならなかったという。

 つい最近も、本願寺ほんがんじの力を使って敵を倒したはいいが、その本願寺の力が強くなってしまったため

「そうにゃ、日蓮宗の力を使うにゃ」

と、今度は日蓮にちれん宗の力を借りて、本願寺を追い出すといった始末である。

 しかし、南蛮貿易がなかったころから、堺の経済力に目をつけるなど、そういう流れを読む目はあったので、一応近畿の支配者になっている。




 さて、ある日の京都。

 この古都に進軍する一団があった。

「また、どこぞの武将が上洛してきたみたいにゃね。

今回はどこの奴らにゃろう?」

「阿波の、三好みよしらしいにゃ」

「三好と言えば……」

「晴元様の有力な家臣にゃったけど、嫉まれて、追い出された一族にゃね」

「その時、父親を殺されたせんくままるという子供が、晴元様や、将軍様に挨拶にきたんにゃと」

「ふうん」




 さて、こうして将軍しょうぐん足利あしかがよしはると、細川晴元の前に三好千熊丸がお目見えすることになった。

千熊丸の横にいる黒猫は松永まつながひさひでという名前で、千熊丸が上洛するまでの力を得るために奮戦した時、影に日向に支えたという。

「三好千熊丸、ようやくお目通りがかないにゃした」

「うむ、大義にゃ」

と、義晴は深く頷くと、次にこう聞いた。

「ときに千熊丸よ、お前の忠義に報いたいと思うにょだが、なにがほしいにゃ?」

すると、千熊丸は傍らにいた松永久秀となにやら相談すると、こう返した。

「亡き父の旧領が、いただければ、それにまさるほまれはごさまりにゃせん」

「ふむ、そうか。

……晴元はどうおもうにゃ?」

「恐れにゃがら、件の地はすでに他のものでございにゃす。

平地に無用の乱を起こすにょは、いかがかと」

「ふむ、仕方にゃい。

千熊丸よ、他に欲しいものは?」

「は、では脇差を所望しにゃす」

「ふむ、ではこれを」

と、義晴が脇差を千熊丸に渡す間、晴元は内心戦慄していた。

(千熊丸、やつは父親の死によって失ったものをにゃ!)




こうして、細川晴元と三好千熊丸、後のながよしの20余年にわたる死闘の幕が上がった。


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