愛の言葉は届かない
田西 煮干
第1話
いつだったか俺は呪いにかけられたらしい。そんな呪いなんてあるわけないだろって俺もずっと思ってた。だって俺がうっすら覚えている小さいころの記憶と自分が話していたと親から聞かされただけだったからだ。
しかしどうやら呪いが本当らしいということが中学の卒業式の時に証明されてしまった。
卒業式が終わり、校庭で話し込んでいるグループや涙ぐんでいる女子たちが多くいる中、俺は同じ美術部の女子に呼び出されていた。もちろんこんな時に呼び出されているなんてどういうことなのかわからない俺ではない。一応部活でも仲良くしていたし、俺だっていい人だとは思ってた人だから嘘のものでもないだろう。
そんなわけで少し緊張しながらも心はウキウキなんて感じで誰もいない校舎裏へ向かうとそこには呼び出してくれた女子がすでに待っていた。
そもそも俺の呪いが何なのか、わからない人がほとんどだろう。俺だってその時まではしっかり理解していなかったのだから。
愛の言葉だけが聞こえない、ただそれだけのことなのだから。
「実は私、その、・・・」
意識がなくなったわけでもないのにそこから先の言葉を俺は聞き取ることができなかった。読唇術を会得しているわけでもないため口が動いているのを見ても何を言っているのかは分からなかった。
適当に返事するわけにもいかないが、そもそもなんと言っているのかわからないため返事のしようもない。
さらには、その時の俺は自分の呪いのことなんて考えてもいなかったからなんで聞こえないのかもわかっていなかった。
結局何の返事もできないままに、その女子は泣きながら去ってしまった。
「ごめん、本当にごめんなさい。」
誰もいなくなった校舎裏でひとり呟いていた。
そんなことがあり、俺はそのときから俺に降り注いだ呪いのことを信じている。細かく言えばあの後家に帰って呪いのことを思い出してからであるが。
そんなことがあったのだから、俺は必要以上に女子と仲良くなることに臆病になってしまった。全くかかわらないということではないが、またあの子みたいに傷つけてしまうのではないか、そんなことを考えてしまう。
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今はあの出来事から2年半過ぎほどたった、砂川修(おさむ)は高校3年になり大学進学のために受験勉強に明け暮れる日々を過ごしていた。呪いのことは頭の中から離れることはなかったのだが、普段の生活にはなんの問題もない。何の変哲もない高校男子にはあってないようなものなのだ。
いつも通り登校していつものメンバーでしゃべったり勉強したりで1日は過ぎていく。それにすこし不安を感じつつも楽しくもある。
今日の授業も終わり、部活でゆっくり自分のペースで勉強したり、絵を描いていたり(8割絵を描いていた)。中学の時と同じ美術部だが部員はほとんどいない。そしてそのほとんどが幽霊部員であり、部室では一人でだらだら過ごすのが当たり前となっているのだ。
そんないつもと何一つ変わらない学校での時間を終えた帰り道で、いつもは出会わない人に出会う。それも家の前で、
「・・・・」
「・・お、おぅ、久しぶりだな」
とても気まずい、ひたすらに気まずい空気が流れる。出会った人物は臼井蓮華(れんげ)、家も隣、幼稚園から高校まで同じという幼なじみではあるが、ずっと仲がいいというわけではない。それこそ小さい頃は親の付き合いもありよく遊んでいた。中学までは何も変わらないその関係性だったが、高校に入ってからはなぜだかわからないが疎遠になっていった。なにかきっかけがあったわけではない、と思う。まあ今まで仲良かったことが不思議なことだったのかもしれない。仲が良かったといっても男子と女子、性別の差は大きなものなのだろう。
「・・・うん」
そっけない返事だけ残して蓮華は自分の家に向かってしまう。学校での過ごし方が違う二人は高校に入ってからはほとんど会うことがなかった。家が隣でもクラスも違えば登下校の時刻も違う。ぴったりの時間に家の前で会うことは珍しいことなのだ。
どういう距離感で話していいのかわからなくなってしまったためこちらも素っ気ない言葉しか出てこなくなってしまった。本音を言えばまた仲良くしたいとは思っている。というか中学の頃は好きだといっても過言ではなかったと思う。ずっと仲良くしてくれるかわいい幼馴染なんて好きにならない方がおかしいのだ。
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「おう修、いよいよ卒業だな」
結局何もないままに時は過ぎていった。彼女なんてできることもなく、蓮華と仲直りをすることもなくもうすぐ本当に高校生活も終わってしまう。
大学進学を決めどちらかといえば後悔よりもこれからの生活に目が向いてしまっていた、下駄箱を開けるまでは。
「・・・・・ッ」
そこには一通の水色の手紙がそっと置かれていた。かわいらしい封筒には似つかない嫌な記憶がよみがえる。いっそ果たし状だった方がいいなんて思ってしまうのはどこを探しても俺だけだろう。
「はぁ・・・」
――話したいことがあります。屋上で待ってるので絶対に来てください―――
たったそれだけの言葉が連ねられていた。名前もなければ、なんの飾りもない。
あれ、もしかしたら果たし状かもしれないと思ったのは俺だけだろうか。
だがこんな手紙を誰が送るのだろうか。高校生活を振り返っても心当たりが誰もいない。俺の容姿なんかは平々凡々で、ひとめぼれされることは相手が普通の人なら考えられないだろう。
どうか俺に好意をもった人ではないように、自分にこんな手紙を送ってくれることは嬉しいと感じるけれど、どうしても前の記憶が浮かぶと不安の方が大きくなってしまう。俺もそうだけど相手も傷つけてしまうことが嫌で嫌で仕方がない。
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屋上の扉に手をかける。屋上は普段は入れないはずなのだが、残念なことに鍵はかかっておらず扉は開いてしまった。空は青空、きれいなほどに澄み渡っている景色が目に入る。その中にひとり、視界のど真ん中にぽつんと立っている。
「ようやく来てくれたんだね。」
そこにいたのは俺にとって意外過ぎる人物だった。
「なんで、・・・蓮華」
高校に入ってから俺を避け始めた幼馴染の蓮華がそこにいたのだ。
「もしかしたら来てくれないかと思ってた。」
俺の疑問には答えなかったけれど、その顔は高校に入る前の蓮華のものだった。まだ隣同士で楽しく一緒に遊んですごしていた時のそれだ。
「本当はもっと早く言わなきゃって思ってたんだけど、勇気が出なくて。でもこのまま何も話さないまま、お互いの大学も知らないまま終わりたくなかったから。」
「何のこと?俺は高校はいってからお前に嫌われたのかと思ってたんだけど。」
蓮華が何を話したいのか全く要領を得ないで、本音がぽろっとこぼれてしまう。
「いままでごめんね、私のせいで、私のせいで、その・・・、っ本当に」
蓮華は突然目元に涙を浮かべ始めた。今まで見たこともない蓮華の表情、いろいろな感情があふれ出したようなそんな顔をしていた。
「ごめんねいきなり、修は何もわかってないよね。」
少したってから落ち着きを取り戻したのか、ついに続きを話し始めた。
「穂並(ほなみ)ちゃんのこと覚えてる?」
それは忘れようと思っても忘れられない人物であり、俺が傷つけてしまった中学の時のあの子だ。脈絡のない蓮華の会話に不安を覚えつつも一回きりコクっとうなずく。
「私さ、あの時の告白聞いちゃってたんだ。悪いとは思ってたんだけどね、穂並ちゃんとも仲良かったし、その、告白の答えも気になったから」
「あれは、その・・・」
俺にとってはただ穂並さんを傷つけてしまった記憶であり、それでも何を言っても言い訳にしかならないこともわかっていて思い出すと苦しくなる。
「聞こえなかったんでしょ、穂並ちゃんの声。」
「え?」
なんでそんなこと蓮華がわかるのか、理解が追い付かなかった。中学の同級生には「お前あの子振ったの?」なんて聞かれたけど、一度として言葉が聞こえなくなったことを話したことはない。誰も信じないと思っていたから。
「やっぱりそうだったんだ・・・、私のせいで」
「いや、なんでお前がそんなことわかるんだよ。告白の場面聞いてたからってそんなことわかるはずがないだろっ」
「私以外に”好き”なんて言われちゃだめだよ。」
「っ!?」
「今の言葉覚えてる?」
はっきりとは思い出せなかったけれど、その言葉は聞いたことがあるような気がして心がざわざわした。
「まあ覚えてないよね、幼稚園の時の私の言葉なんだ、今の」
そう言われて少し思い出した。
あれはもう少しで小学校に入学するくらいの時期だった気がする。幼稚園の頃は家に帰ればほとんど蓮華と遊んでいた、むしろそれ以外の記憶があまりないほどである。それでも小学生になればもっと多くの友達と、たくさん遊べるねなんて話したときだったはずだ。
「あの時から私ずっと独占力が強かったんだよね。」
まだ人見知りだった蓮華の記憶もよみがえってくる。「怖い人いないかな」なんて少し不安そうに俺に近づいてきたりもしていたっけ。
「他の子と修が仲良くしてるの見るたびに不安になってたから、いつか私のそばを離れていっちゃうんじゃないかって。」
「・・・だから私は呪いをかけちゃったんだ。」
屋上に強めの風が吹き抜け、あたりがしんと静まる。
「ま、まさかそんなこと信じてるのか。そんな呪いなんてあるわけないだ…」
「でも、聞こえなかったでしょ彼女の声‼」
落ち着いてしゃべってくれていた蓮華から強い声が発せられる。それとともに何粒化の涙が宙を舞っていた。
「私は告白の場面を見てから思い出したの、前に修にかけた呪いのことを、そのせいで聞こえなかったって考えれば、あの場面は納得がいくから。」
「そんなこと」
「ううん、だって修が何の答えもなしに告白を無視するなんてありえないもん。」
確かに断るつもりでも、普通なら何も言えないなんて状況はなかった。
「あの告白の時だって、穂並ちゃんとは仲良かったのに、それなのに、失敗しちゃえばいいなんて考えちゃったりして、…だから私なんかが修に近づいちゃダメだって、話す資格なんて私にはなかったから。」
高校では勝手に引け目を感じて俺を避けていたらしい。それを勝手に嫌われたものだと勘違いしてお互いに疎遠になってしまっていたみたいだ。
「大丈夫、別に気にしてないから。」
「嘘、だって高校入ってから修少し変わっちゃったもん。なんか少し距離を作るような感じで、それも私のせいで」
どうやらそのことにも気づかれていたらしい。この辺りはさすが幼馴染といったところなのか。けれどここでなだめようとしてもおそらく聞いてくれないだろう、蓮華が俺のことを知っているように俺だって蓮華のことを知っている。
だから、
「本当だよ、悲しかったんだから謝ってよ」
「え」
「俺が蓮華と話せなくてどれだけ落ち込んだことか。確かにあの告白のことは人としてダメだったかもしれないけど、俺はそれよりも蓮華に避けられていたことの方がショックだったよ。」
蓮華とは本音で向き合わなければ通じない。そんなことを忘れてしまっていたみたいだ。もう誰も傷つけないようになんてうまく立ち回ろうとする俺なんて蓮華には通用しない。だからこそ、今言ったことに嘘偽りはない。
「で、でも」
それでもまだ申し訳なさそうにしている蓮華の前に立つ。ここまで来たらあとは最後までぶつけるだけだ、俺が今本当に思っていること、感じていることを。
「ずっと好きでした、俺と付き合ってください。」
勢いよく頭を下げ、右手を差し出す。
俺はなんだかんだずっと蓮華しか見ていなかった。嫌われていると思っても蓮華の姿を見つければ目で追ってしまうし、家の前で会えた時にはうれしく思ってしまったり。
中学のあの時の告白が聞こえたとしても、何も答えは変わらない。どんなことが起きてもこの気持ちは変わらない。
「私すぐ独り占めしたくなっちゃうし、性格だってそんなに良くないし」
「俺だってそうだ、むしろうれしいよ。」
「私のせいで迷惑かけちゃったし」
「迷惑なんかじゃない、呪いだってもう俺にはどうだっていい。」
自分を卑下する蓮華に一番伝えたかったこと、
「俺は蓮華以外から好きなんて言われなくていい!」
「う、ひぐ、私も修が好きです。ずっとずっと好きです。今までもこれからも」
俺の差し出していた右手がほんわかと暖かくなる。
「こんな私だけどこれからもよろしくね。」
「こちらこそ」
もし俺も呪いをかけることができるなら彼女と同じことを願うだろう。
彼女からの愛の言葉が届くだけで俺は十分だ。
Fin...
愛の言葉は届かない 田西 煮干 @niboshi-tanishi
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