第3話

その日の夜、言われるがままにたずねた。火葬を見届けて、しばらくイオンモールの映画館で時間を潰した後に、合流した。


住宅街の一角に構えるあまり大きくないマンションであった。モノレールの向こうに私達の母校が見えた。


リビングには座高ほどの仏壇があり、見知らぬ顔の男の写真があった。


「秀堂の父です」と私の視線に気づいた彼女、「秀堂は彼の連れ子でしてね。中学生からの彼しか知りませんの」


ノジマは自分のことを話したがらず、怪奇趣味の小説や映画が好みなオタクという一面を過度に出していた。煙にまかれていたようだ。「父親が亡くなってからは、私に心労をかけさせないとして、奨学金を借りて頑張ってあそこの大学まで行ってね……」なんて泣き始めるものだから、(あっこ私立っすよ金かかりますよ)等という私の飾らない所感が頭をよぎる。


「結局、秀堂が借金してまで学校に行ったのも私とあまり縁を持ちたく無かったからなのかもしれません」

居心地の悪そうな話をしだしたぞ、この婆は。初対面の奴に言うことかね、と問いたくなったが、どういうことですかと話を促した。


「徳文さん、あっ、秀堂のお父さんのこと。徳文さんと私は同じ会社の上司と部下でね」コップの麦茶をぐびっと飲んで一息つくと、「私が部門長で彼はその下についていたの。前の結婚生活が上手くいかなくて荒れてたときに助けてくれて惚れちゃったのよ。私の方が上司なのにね。しばらくして離婚したわ。

彼と結婚したとき、営業系だったから名前を変えたくないと彼に頼んで、私の名字にしてもらったの」


彼の名字の表記をさきほど初めて知った。玄関の表札には、乃嶋とあった。珍しい字を書くらしい。あまり見たことがない字のならびであった。


「秀堂があまり名字が気に入ってないのは知ってるのよ」


ガラスコップの中は麦茶で、お盆の上に置いたままだったから手をつけた。「初任給が良いからなんて言って聞いたことないような物流会社なんかに入っちゃって。返済だったから私も協力するって言ってたのに」


益々、私にそれを言ってどうしようというのか。ノジマがどう思って生きていたかなんて私の知るところではないし、ましてノジマの悩みを深く理解できるはずもなかった。


居心地の悪さに気がついたようで、「ごめんなさいね」と虫食いを縫うかのような謝罪を受けた。仏壇にはすでに遺影が用意されていた。若くして亡くなったため、明らかに写真屋の仕事ではないクオリティの笑顔であった。


少しお手洗いをお借りしても宜しいですか、と尋ねた。泣きそうな婆は見てらんない。


蓋をあけると水溜まりの少し上あたりに糞がこびりついていた。仕方なく無視して便座に腰掛け、懐からイヤホンを取り出してジャックに入れた。

もちろん、抜いた。しかし、射出量が想定よりも下回り満足のいくものではなかった。排出時の、精道の内側を駆けるときの緊迫した快楽を得るには一定量の精液を出す必要があったのだ。



曇りがかったような気分でトイレットペーパーで固くなった亀頭を拭い、サラサラの精液をくるんでトイレに流した。勃起したままのそれをスーツに収めるのが非常に面倒で、また出した後であるためボクサーパンツの中に湿り気が溜まったため、多少の不快さを感じた。何よりも検索結果が当初の思惑とズレてしまったことと、個室が狭いことに腹が立った。ともすれば、便器の不潔さやこの個室の圧迫感が私に良くない緊張を与えたのだと思うと、家主の頭を二三度叩きたくなったが、怒られそうなのでしない。


「お手洗いありがとうございました」と声をかけると、腕を枕にして眠っていた。よほど疲れていたのだろう、喪服のままである。

多少の悪戯心が芽生えた私を誰が咎めようか。

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