第30話

 学食はいつもと変わらず混んでいる。二人で日替り定食を頼み空いた席に座わることができたので、ひとまずご飯を食べてから話を聞くことにした。

 今日の日替り定食はハンバーグだ。俺の大好物である。

 うむ、まぁ悪くない。チーズが欲しいところだが値段が値段なので仕方無いか。


 昨日のテレビの話や当たり障りない話をして食事を進めた。

「「ごちそうさまでした」」

「なんか飲み物買ってくるわ。何がいい?」

 洋介のリクエストを待つ。

「ありがとう。じゃあ缶コーヒーで。はいこれ」

 100円を渡された。

「微糖でいいの?」

「あーうん。微糖で」

 コーヒー飲めるなんて大人だな。


 売店で缶コーヒーと紙パックのオレンジジュースを買い席に戻った。


 コーヒーを渡して自分の飲み物にストローをさす。

「ありがとう」

 カキョッと缶コーヒーをあける音がする。俺はこの音が実はけっこう好きだ。

 洋介はコーヒーを一口飲み表情を固くした。これから俺に本当は隠しておきたいはずの過去を話そうとしている。口火は俺が切るべきかな。お昼休みは残り約15分。中途半端なところで時間が来てしまうと最悪だ。急かすようで悪いなと思いつつも俺は話を促した。

「んじゃ…お願いします」

 多くの生徒の声で賑わう食堂に洋介の声が新たに混ざる。

「最初にいじめられ始めたのは、小学3年の頃だった。きっかけはサッカーだった」

「え……!?」

 思わぬ答えに驚いてしまい声が漏れる。ポツリポツリと呟かれたその言葉に耳を疑った。

「あっごめん……続けて」

 洋介は頷きつづけた。

「小1からサッカーを始めたんだけど、昔から今みたいにドリブルばっかりやってたんだ」

 固く閉ざされていた開かずの扉の鍵が開く。

「最初は夢中だったからパスが出せなかったんだと思う。点も取ってたから周りも納得してたのかな。でも学年が上がるにつれて、組織的なサッカーに変わってきて、居場所がなくなっていったんだ……」

 

 なるほどね……

 たしかに小学生の、特に低学年の試合は団子サッカーとでもいうのだろうか、ボールに群がるようなイメージだ。そこで空いている逆サイドにパスが出ると楽なのだがそこは小学生。自分が自分がと球離れの悪いプレーが多くなる。

 とは言っても学年が上がるにつれてサッカーは組織的になっていく。そこでドリブルばかりやっていてはどうなるかはなんとなくわかる。


 さらに洋介はつづけた。

「いつの間にか、パスを出さない理由が変わっていったんだ。そして気づいたら……パスが出せなくなってた……」

 洋介は少し言葉につまるがその先の言葉を絞り出した。

「一時期パスがほとんど来なくなってから、このままじゃダメだと思ってパスをするようになったんだ。試合に出れるようになったけど、パスを出した先でボールを取られてディフェンスのために自陣までダッシュして戻って、ボールを奪い返してもまたその繰り返しで……全然楽しくなかった。連敗して、やればやるほど仲間が信じられなくなって、サッカーが……嫌いになりかけた。試合に負けても翌日の休みに何して遊ぶかをヘラヘラと話している仲間に苛立ちを感じた。だから俺はまたドリブルを始めた」

 洋介の覚悟を感じた。

 最近までは俺もヘラヘラとしている連中と同じスタンスだったので聞いていて辛かった。洋介みたいな人間はきっと俺のチームにもいたに違いない。

 後悔したってなんの意味もないのはわかってる。それでも、後悔せずにはいられなかった。


「今までよりも練習して誰にも止められないようになった。チームは勝つようになったのに僕は日に日にチームメイトから陰口を言われるようになった。そしてある日、コーチから【サッカーはチームでやるスポーツなんだから仲間を信じてパスを出せ】って、やってきたことを否定されたんだ。練習中もヘラヘラとして練習以外の努力をしないやつをどうやったら信用できると思う? この人はいったい何を言っているのだろうと思った。頭がおかしくなったのかとすら思えたね。だから僕はそうした全てに耳を塞ぎ無視をした。結果、半年ももたずにクラブを去ることになったんだけどね」

 やっぱこんな話かぁ……胃がいてえぜ……


「クラブでハブられるだけなら良かったんだ。だけど学校でもクラブの奴等がくだらないことをしてきた。その結果、4年生の途中で俺は不登校になった」

 小学生という生き物はその実、無邪気故に残酷なのだ。これをするとどうなるという結果の予想ができないまま発言、行動をする。その結果、いじめへと発展するケースもあるだろう。


「そこからはフットサルのチームに入ってそこでプレーすることだけを楽しみにしてた。そのチームには大学生や社会人もいて不登校なのがバレたときに沢山のことを教えてもらった。最初は怒られると思ったんだけど、経緯を話すと理解してもらえた。でもこのままだとどうなるのかってことをその人たちが優しく教えてくれたんだ。だから中学は休まずに通ったよ。僕には学校とは別に居場所ができたからね」

 そっか……ちょっと安心した。


「でも……やっぱり学校でも居場所がほしいんだよね。朝起きて色々なことを考えて胃がキリキリするのは辛いよ。今は学校で時間が過ぎるのをただ待ってるだけなんだけど、サッカー部に入れば何か変わるんじゃないかと思ってさ」

 朝走ってる理由を、なにも考えなくて済むからと言っていた意味がわかった。

 ちょっと誰か胃薬もってない? さっきから話が重たいんですけど……

「なるほどね。とりあえずサッカー部に入るにしても今度一回見学においでよ。一年は初心者もいるんだけど皆いいやつだよ」

「そっか。よかった」

 ちょっと安心したようだ。

 まぁ学校でも楽しみができれば少しずつなにか変わっていくだろう。


 そろそろお昼休みの終了を知らせるチャイムがなる頃だ。ひとつ思うことは、食事の前に聞かなくて良かったということだ。


 午後の授業……頭に入ってこないよ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る