第30.5話
小学生と中学生の大きな違いは部活動の有無ではないだろうか?
中学生となった俺、中本輝はそう感じていた。今までの習い事としてのサッカーと違い、そこには確かに先輩と後輩という差違が存在した。
中学では、更にその慣れない環境への戸惑いとは別の戸惑いも生じていた。
入部届けを出したサッカー部には…篠原蓮華という【女子】がいた。それもマネージャーではなく選手としてだ。
篠原蓮華は特にこれと言った特徴のない選手だった。サッカーの経験があったわけでもなく、足が早いとは言えど、それはあくまで女子の中ではという話で、入部当初の彼女に突出した才能はなかった。
だからこそ、彼女の驚異的な成長スピードに驚きを通り越して恐怖すら覚えた。
部活後の自主練だけでは説明がつかないそれは自分に対する警鐘となり、原動力になった。
実際にそうした場面を見たわけではない。もしかしたら単純に蓮華には才能があったのかもしれない。今となってはそんな確認をするのも恥ずかしいし、するつもりもないのだが。そもそもそんなことを俺が聞いてもあいつは天才だからとふざけるに違いないのだ。
今ではそんな関係だが、俺たちの距離が本当の意味で近づいたのはある事件があったからだ。
実を言うとその事件が起こるまではあまり話したこともなかった。
それは、俺が勝手にあいつのことをライバルと決めて、馴れ合うことを避けたからだった。
本当はどんなことを考えながらピッチでプレーしているか、どれくらい練習しているのか、沢山のことを話したかった。それができるようになるのはずっと先のことなのだが…
事件を経て距離が縮まり同じ時間を過ごすようになると蓮華の情報がすごい勢いで自分の中に蓄積されていった。あいつは人懐っこくて、自分のことを何でも話す。それに部員のことは兄弟みたいに思っているのだろう。
こんなことがあった。
ある日の帰り道。
「最近さーちょっとおっぱい膨らんできちゃってさーどうしよう?邪魔なんだよなー」
自分の胸を揉みながらそんなことを言ってきた。
「いや…俺に言われてもな…」
この頃はまだ俺も純粋だったから普通に恥ずかしくて上手く答えることも受け流すこともできなかったのをよく覚えてる。
「ねーどーしよー。これ膨らむことはあってもしぼむことってあるのかな?」
蓮華はなにも気にせず追撃をしてくる。
「だから知らないって!」
少し大きな声を出してしまい蓮華は驚いていた。
「どしたの?お腹すいてるの?」
「そーだよ!だから早く帰ろーぜ。」
こんな感じで蓮華は部員に対して男女の壁を作らない。
人の気も知らないで…
距離が縮まる前は単純に、サッカーに対する姿勢を見て尊敬や憧れを蓮華に抱いていた。
距離が詰まり、実際に話してみて人となりを知っていくと【チームメイト】という認識が書き換えられていった。
蓮華は【女の子】だ。そう認識された瞬間、俺は自分の気持ちに気づいてしまった。
しかし、この気持ちを伝えるつもりはなかった。
この関係を壊したくなかったからだ。
あと数ヶ月我慢すれば俺たちは別々の高校へと行くことになるだろう。高校へ行けばまた違う誰かを好きになるはずだ。今回のはノーカウントだ。今だけは我慢しろ。そう自分に言いつづけた。
同じ高校へ行くことが決まった瞬間は複雑な気持ちだった。あと3年、我慢できるだろうか…
実際には我慢の限界が来はじめていたとき、ハルがこの学校にやってきた。そしてサッカー部に来てくれた。
おそらく蓮華が裏で動いているはずだ。その証拠にハルがちゃんとサッカーと向き合っている。あのハルを変えられるとしたら、それは蓮華以外にいないだろう。
今の3人の関係は何ものにも替えがたいほどに心地よく、大切なものになっている。
あと2年か…なげえな…
俺は人知れず、新たな覚悟を決めたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます