第19話
相手の隙を探ろうとしていたのだが、相手チームは簡単に隙を見せてはくれないので頭を使うことをやめた。
無駄なエネルギーを割けるほど体力に余裕はない。ガムシャラという言葉は嫌いだがその言葉に尽きる。
「あの、落下地点わかるんですか?」
たまらず聞いてしまった。
「気になるかぁ? そや、わかるんや」
大辻さんはにやりと笑う。
「マジっすか……」
「なんでか教えたろか?」
「え!? いいんですか?」
「ボールは友達やからや! なんてな!」
うっわ……つまんねぇ……なんでこの人どや顔なの……
「そないな顔すんなやぁ」
「あ、すみません。あまりにつまらなかったので」
「キッツいなーハルちゃん。試合が終わったら教えたるかも知れへんし教えへんかもしれへんよ」
「それ絶対教えてくれないじゃないですかぁ。あっ! ずるい!」
「試合中なんやから気ぃ抜いたらあかんよ」
人が話してるのに急にエンジンかけんじゃねえよ!
試合はスコアが動かないまま進んでいく。
内容的にはジリジリとこちらが攻め込まれている感じだ。地力の差だろう。
それでもゴールを奪われてないのはこの数分、ピッチに立つ者の集中が途切れることがなかったからだ。
それどころかピッチの熱量に比例するかのように両チームの集中は研ぎ澄まされ、気持ちが緩んだ方へ敗北という2文字が転がり込んでくるような拮抗した状態だ。
そんなギリギリの状況下でも俺は、サッカーを楽しんでいた。
本当ならもう座り込んで1歩も動けないくらい疲れているはずなのに、身体が、脳が、魂がそれを拒む。
こんなこと中学の時はなかった。
理由はとっくにわかっている。そこには単純明快なたったひとつの答えがあった。
【負けたくない】
俺は自分のことを理解していなかった。
努力が嫌いなのではないことに最近気づいたのだ。
努力して、それでも勝てない相手に出会うこと、そして負けることを恐れていたのだ。
めんどくさいだとかキツイだとか適当な屁理屈をごねて、心の奥でずっとうずく気持ちに蓋をしてしまいこんだ。
篠原に出会い、サッカー部に入り、今まで上手にしまいこんでいたモノが沸々と煮えたぎり始めた。
そして篠原から打ち明けられた日から今も温度を上げ続けるその気持ちを自分の中に落としこむことをまだどこかで拒む自分がいた。
そんな自分に言い聞かせた。
「お前(オレ)は弱いんだよ」
自分が成長するにはまず、自分の弱さを認めることが必要だった。
今までの俺にそれができなかったのは、一人でサッカーをやっていたからだろう。だからサッカーを面白いとも思えなかったし、自分のためにそこまで努力することができなかった。
でも今は違う。
皆がいる。俺はこのチームが好きだ。
このチームで勝ちたいんだ。
それには大辻さんのような上手い人とたくさん勝負をして越えていかなければいけない。
敗北を重ね、弱さを認め、そこから何かを得なければ成長はない。
目の前にこんな最高のお手本がいるのだ。学ばなければもったいない。
実際、1対1をやった分だけ自分が成長しているような気がする。
あまり守備は得意じゃない。そもそも好きじゃない。今まではどうやって守備をサボるかを考えていたくらいだ。それなのに大辻さんとの駆け引きは面白かった。
スピードは俺よりも少し上。足元のテクニック、キックの精度は断然上。というか俺に大辻さんよりも勝っていることは無さそうだな。だとしたら、どれだけ吸収出来るかだ。
本当に勉強になる。
足元でチョロチョロとやるシザースのようなフェイントよりスピードの緩急や体重移動によるフェイントの方が止めるのが難しかった。
結局は自分の体重をのせられた逆へと行かれてしまう。
上手いドリブラーは相対した時、フラットな状態で構えていても乱され、逆をつかれる。
1対1では基本的に守備側が有利だ。1対1とは言っても基本的にディフェンスは数的有利な状況で守る。オフェンス2枚に対してディフェンスは3~4枚で対応するのがセオリーだ。
それは抜かれても余っている人がカバーをしたり、文字通り数的有利を利用してボールを奪ったりする。
直接対応する人間は当たり前だが抜かれないことが重要だ。
では100点満点のディフェンスとは何か?
それこそ答えは存在しない。いや、答えはボールを奪うということなのだが、ここで問題として取り上げたいのはその答えを導き出す方法と過程だ。
サッカーのディフェンスにおいて最も重要なことは【ボールの取り所】だと思う。
例えば、ディフェンスを身長の高いメンバーで揃えた場合。
無理に個人で取りに行くよりも抜かれないようにして中を切り(中央にドリブル突破されないように相手の正面よりも中央によった位置でディフェンスをする)サイドを意図的にドリブル突破させクロスを上げさせる。中で枚数を揃えれば失点の確率は低くなるだろう。
逆に身長の高い選手がいない場合はどうか。
1つの案としては中盤の枚数を増やし、ボールをロストしたらすぐにそこで人数をかけて取り返すという方法もあるだろう。
こうしたチームとしての決まり事をいかにミスなく遂行できるかが勝敗をわける要因となる。
気づけば残り10分はチームのためというよりは自分のために取り組んでいた。
結果として1―1の引き分け。
命を繋ぐことができ、安堵のハイタッチを篠原と交わした。
「「おつかれ」」
「アンタは様をつけなさい。おつかれ様。ほら、もう一回!」
「そんな元気余ってるなら試合中に使えよ」
なんでこいつこんな元気なんだよ……
「アンタだって途中からオフェンスサボってたでしょ。いつもよりディフェンス良かったけど」
あ、バレてる。途中からディフェンスのお勉強してたんだよな。
「命かかってんだからもう点を取られる訳にはいかなかったんだよ。しかたねえだろ」
「まぁたしかにね。とりあえず今日も美味しいご飯が食べれる!」
もう飯のこと考えてるのかよ。早いだろ。
「二人ともおつかれ。まぁ……負けなかったな。でも勝てたんじゃねえの?」
輝君が労(ねぎら)いの言葉に感想に近い質問を添える。
「相変わらず厳しいこと言うなぁ。今回は勘弁してほしいな」
素直な弱音がこぼれる。これ以上は無理ッス。
「これじゃダメなんだよ……まぁ、今はまだわかんねえか」
どういう意味だろうか。
去り際に見えた横顔には不満の色が滲む。しかしそれについて深く考えられるほどの余裕は俺にはなかった。もうヘトヘトで頭回らない。
早く帰って寝たい。飯もいらん。早く寝たい。
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