第17話
手品の種は分からないまま前半が終わってしまった。スコアは動かず0―1で負けている。
「そんな暗い顔すんなって」
輝君が声を掛けてきた。
「いや、もう失点のことは引きずってないよ。ただ大辻さんの動き出しの速さが腑に落ちなくて」
「あいつのポジショニングめちゃくちゃいいよな」
「ポジショニングもあると思うけどボールが来るところがわかってるような動き出しをすることがあってさ。なんかカラクリがあるんだろうけどもうしても訳わかんなくてさ」
実際キーパーが弾くよりも先に動き出していることが半分くらいあった。全ての場合にそこにボールが来るわけではないのだが8割近くは落下地点のおおよその位置に先に回りこんでいた。エスパーかよこの人。
「運がいいだけだったりしてね」
「そうだったらいんだけどさ」
そうは思えないんだよなぁ。動き出しに迷いがないから何か根拠があるはずだと疑わずにはいられなかった。
「あんま考えすぎんなよ。それよりもお前後半は縦パスを意識しろ。牛嶋にはもう伝えてある。アイツがサイドに流れたら中央にできるスペースを使うようにしろ。タイミングは任せる。状況見て溜め作ってもいいし攻撃が単調になり始めたらお前もなるべく高い位置まで上がってきてコントロールしてくれ」
ちょっと待って、一回頭で整理させて。
「けっこう厳しいことさらっと頼んでくるね。今回は俺も正直ギリギリであんまり余裕ないんだよね」
あの人めっちゃうまいし。
「大辻に手一杯か? 情けねえなぁ」
輝君がニヤニヤしながら煽ってくる。
「慣れないポジションで疲れてるだけだし。やるよやればいんでしょ!」
やってやるわ!
「そんな怒んなって。大辻が上手いのは確かだから今回いい経験になるだろうな。特にお前は相手の強さを計る癖があるみたいだしな。それはつまり自分の現在地を知るってことでもあるんだと思うぞ」
言いたいことはわかる。たしかに自分がどの程度の人間なのかは外の世界を知らなければ分からない。井の中の蛙は大海を知らない。だからって大海を見て驚くとは限らないだろ。
「たしかに今の俺は大辻さんには敵わないかもしれない。今この瞬間はね」
「そりゃ後半が楽しみだな」
二人で不敵な笑みを浮かべ拳を軽くぶつけた。
後半開始の笛が鳴る。
攻守の切り替わりを何度か繰り返したところでスコアが動く。
左サイドを杉本がドリブルで仕掛け深い位置までえぐり、顔を出した瀬戸君にマイナスのショートパスを出す。瀬戸君はそれをダイレクトで振りぬくがこちらのシュートは相手キーパーに弾かれボールは逆サイドへ転がる。こちらのサイドだが拾いに走っても相手のサイドバックが先に取れる位置だ。迂闊に突っ込んで簡単に縦にボールを入れられるよりはFWに寄せてもらい自分のマークを見るのが妥当だろう。
中の状況を見ていなかった自分をぶん殴ってやりたい。左サイドから攻めフィニッシュまで行ったことで逆のサイドの人間は戻りきれていない。おまけにシュートまで行けたことでこちらのFWは相手陣地のかなり深い位置まで上がっていた。つまりマークをディフェンスに預け俺が寄せるべきだったのだ。ほころびは更に広がっていく。
「でかい口たたいといて早速やらかしやがったな。クッソ仕方ねえか」
コースを切りながら輝君が寄せる。それでもすべてのコースを切ることなど到底できるはずはない。大辻さんにボールが入ればすぐに寄せれるように後ろからマークしつつボール保持者も視界に捕らえた状態で自陣に少しずつ押し込まれていく。
「ハル君流れるよ!」
大ちゃんから声を掛けられ振り向いた瞬間、大辻さんは俺を振り切りOMFが流れ(OMFに途中までついていった大ちゃんは外に引っ張られ中途半端なポジショニングになっている)ぽっかりと空いた中央のスペースに駆け出す。
しまった! クッソまた俺のミスかよ!
必死に追いかけるが間に合わない。ボールが大辻さんの足元に入る。フリーでパスを受けさせてしまった。このまま前を向かれて好き勝手やられてしまう。そう思ったとき、一つの影が大辻さんにぶつかる。
「今度はあんたが相手してくれるんか?」
必死の形相で体を寄せて前を向かせないようにプレスをかけているのは大ちゃんだ。顔が怖すぎて一瞬誰だかわからなかった。いつもと違う顔。試合中の輝君と同じ顔だ。
「ハル! サンドしろ!」
輝君の怒声が現実に俺を引き戻す。
大ちゃんが左への展開を防ぐために左側から体を寄せている。逆側から近づき足を出す瞬間に大辻さんの囁くような声が聞こえた。
「ハルちゃん。頼まれたマークどうしたん?」
ハッとしたときには大辻さんのヒールパスは大ちゃんと俺の間を通過した後だった。
たしかに俺は大ちゃんにマークが流れると忠告されその隙をつかれて大辻さんのマークを放してしまった。だったら俺のつくべきマークは……。
振り返ると出されたパスの先にはフリーの相手選手がいた。
俺は何度繰り返せば気が済むのだろうか。下を向きかけたとき体育館のギャラリーから歓声が上がった。
「いいぞー蓮華! 男子なんかやっつけろ!」
は?
顔を上げるとスライディングでボールを奪い返した篠原がそのままドリブルで本来俺がいるべき右サイドをドリブルで突破しようとしていた。
相手は撤退守備のために戻り始めている。DFからラインを上げろという声が聞こえる。俺も上がらなくてはと思い走り出す。が、頭が真っ白で思考が停止してしまっている。今どう動けばいんだっけ? ピッチの状況は? もうあんなとこまで篠原が上がっている。中はどうだ? 枚数は五分五分か。俺はカウンターに備えるべきか? だめだ…考えがまとまらない。
「ハルウウウウウゥゥゥゥゥ!!!」
叫び声が聞こえた。それは高くてキレイな声だった。女の子の声だ。篠原の声だ。
鼓動が高鳴る。
声に呼ばれるように体は勝手に動き出していた。あの時と同じだ。篠原と再会した日。
このチャンスが潰れた時のことはその時考えよう。今は、この瞬間は、感じるままに動け!
遅れて上がったことで俺のマークは誰もいない。ボールを要求するために篠原を呼べば誰かが寄せてくるだろう。それでもアイツは俺にクロスを上げる。そう信じて疑わなかった。合図なんていらないだろ? お前が俺を呼んだんだぜ? だったらいつもみたいに上げてくれよな!
篠原が中を見た。俺と目が合う。
やわらかく蹴り込まれたボールをダイレクトで、と考えていたのだが、アレ? ボール高くない? しかも後ろ過ぎない?
いつもと違うところに蹴り込まれたボールに戸惑いつつも体は勝手に反応していた。
このままではボールを通り過ぎてしまうと分かった瞬間に勢いを殺す。しかし体は流れてしまっている。視覚情報を頼りにタイミングを計り、ボールに背を向けるように体を捻り、左足を軽く上げ力を溜め、捻りで生まれた回転を利用し右足を空に向かって蹴り上げ振り抜く。足の甲に確かな反動が残る。スパイクの向こうには青空が広がる。不思議な光景だった。
そう、バイシクルシュート(オーバーヘッド)である。
背中から地面に落ちた俺は痛みに顔をゆがませそのまま目の前に広がる淡い青色を仰いだまま心地よい余韻に浸る。
あぁ、最高に気持ちいい。
ボールの行方は見届けずともこの歓声を聞けば結果は容易に推測できた。そして、ホイッスルがゴールを知らせる。
どうだ! 見たか!
仕事したぞバーカ!
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