第16話

 ライバルの出現により一つの不具合が発生していた。

 輝君とポジションを交代してから俺はRWGとして仕事をしなければならなかった。だが実際には相手のおしゃべり野郎を意識するあまり俺のポジショニングは非常に悪いものとなっていた。篠原との距離が詰まりすぎていた。

 不幸中の幸いだったのはおしゃべり野郎も俺のことを意識していたことだ。奴も攻撃の際、中央から必ず俺のいるサイドに流れてきていた。マッチアップのたびにお互いに全力でぶつかり合うことで絆のようなものが生まれ始めていた。

 再びファールでプレーが切れる。近くにいたおしゃべりが話しかけてきた。

「なあ! あんた歳いくつなん?」

「こういうのって自分から名乗ったりするもんなんじゃないんですか?」

「そない堅いこと言うなやぁ。ワイは2年の大辻栞や。ほんであんたは?」

 こいつ先輩かよ。てか名前かわいすぎだろ。

「俺は1年の橘です」

「1年やったんか!やるなぁ!下の名前は何や?」

「遥です」

「女みたいな名前でかわええなぁ!」

「そこはお互い様でしょ!」

 思わずツッコミを入れてしまった。

「お、自分ツッコミもできるやん!うちの学校きいや!」

「大辻さんがいるんで嫌です」

「ハルちゃん冷たいなぁ。そないなこというと容赦せえへんで!」

 この人なんか面白いな。馴れ馴れしいけど全然嫌じゃない。人柄の良さがあふれ出している。よく笑うしよくしゃべる。それにサッカーが上手い。やっぱりこの人には負けたくないと思った。

「別に止めるんで構いませんよ」

「気に入ったで!ほんなら勝負や!」

「負けませんよ」

「ほんまおもろい奴やなぁ。お、ハルちゃん彼女が呼んどるで」

 振り返ると篠原が手招きしていた。

「あんた大辻と知り合いだったの?」

「いや。今ちょっと仲良くなった。いい奴みたいだね。知り合いなの?」

「いやいやいやいや。この辺じゃ大辻を知らない奴なんていないから。あんた仲良さそうだから知り合いなのかと思っちゃった」

「いや、なんかお互いに意識してたみたいでさっき仲良くなってさ。勝負だって煽られたから抑えてやろうかと思って」

 まさかそんな有名な人だったのか。上手い訳だ。

「なら丁度良かった。アタシとポジション替わんなさい。アタシじゃ抑えられないし何よりハルが下がってきすぎてやりずらいのよね。アタシのこと好きなのは分かるけどくっつくのは試合が終わってからにしてよね」

 あーうざってー。

「あいよ。んじゃさっさとあっちいってくれ。しっしっ」

 手であっち行けとジェスチャーも交えて煽ってあげる。

 篠原はムキーと猿のように怒り捨て台詞を吐きながら去っていく。

「後で覚えときなさいよアンタ」

 はて、なんのことやら。もう忘れちった。



 試合が再び動き出す。

 しばらくしてマークをしに大辻さんが近づいてくる。

「ポジション変わったんやな。これでちゃんと勝負できるなぁ。それにしてもあんなかわええ子が一緒のチームにおるなんてうらやましいでぇ」

 なに言ってんだこの人…

「え? どこにかわいい子いました? 眼科紹介しましょうか? ちょっとヤバイんじゃないっすか?」

 うちの近所の眼科は有名らしいからね。

「ハルちゃんほんまおもろいなぁ。でも女の子にはやさしくせなあかんで。学校で習わんかったか?」

 イギリスの学校かな? なに言ってんだこの人は。

「まぁ善処しますよ」

「よろしい! ほなバチバチいこか!」

 こういうのは初めてだ。

 上がる。とでも言うのだろうか。試合に対するモチベーションが格段に上がってきている。現在進行形だ。


 やばい。楽しい。体が軽い。疲れているはずなのにまだまだ走り足りない。力が漲っている。

 時間が経過し、大辻さんの動きには慣れはしたが動き出しがどうしてもワンテンポ遅れてしまう。この人の反応の良さは本物だ。それでも感覚や嗅覚という言葉だけで片付けられないのが俺の性格だ。この反応速度にはなにかカラクリがあるはずだ。絶対に暴いてやる。そんで自分の成長の糧にするんだ。盗めるスキルはすべて盗め。せっかくお手本が目の前にいるんだ。このチャンスを利用しない手はねえだろ。

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