第12話

 勝負の世界で生きる。

 そう決めたはずなのに。自分の気持ちの弱さが情けない。実際に相手のプレーを見てからずっと負けてしまうイメージが脳裏に焼きついて離れない。

 負けたくない。それなのに勝つイメージが出来ない。先輩たちが圧倒された試合をみてから相手との力の差ばかりが気にかかる。

 負けることがこんなにも怖いものだったとは思わなかった。逃げ出したい。

 そんな時、ダウンを終えた輝君が声を掛けてきた。

「なに? お前びびってんの?」

 面白がって輝くんが煽ってくる。でも今の俺には上手く返す言葉が見つからない。気づくと弱音がこぼれていた。

「なんか、勝つイメージが出来なくて」

 小さく肩で息をしていた輝くんは静かに呼吸を整え俺との距離を少しだけ摘めた。

「お前さあ、相手との力の差を測るの好きだよな。別にそのこと自体はいい事だと思うよ。お前の場合冷静に分析して細かいシミュレーションまで頭の中でやれそうだしな。弱気になってんのはそのせいなんだろ?」

 あ、全部ばれてた。

「たぶんそう」

「正直お前らの代の中心は杉本で間違いない。でもアイツにチームを勝たせるだけの技術も器量も今は無い。だけどお前には器量はねえけど技術っつーか考える力はあると思ってる。そのお前が始まる前からそんなんじゃこの先勝てる試合も負けちまうぞ。何のために最近がんばってんだよお前さんはよぉ」

 ポンと肩を叩かれる。その手に帯びた熱が、自分に流れ込んでくるような感覚があった。言葉にすればチープだけど、勇気が沸いてきたのだろう。

 腹の奥底から熱い何かが湧き上がってくるのを確かに感じた。

「らしくなかったね。Bチームの試合は一緒に観ようよ。篠原出るんでしょ?」

「あ、まだメンバー聞いてないんだっけ? 1年チームには俺も篠原も出るから次の試合は出ないよ?」

「マジか!」

「お、おう」

 ちょっとテンション上がりすぎちゃったか。

「なんか勝てる気がしてきたわ。とりあえず篠原も呼んでこようよ」

「そだな。ちょっと待ってろ。あ、お前は佐々木君呼んでこい。4人で観よう」

「オッケー」

 急にわくわくしてきた。

 さて、大ちゃんを探しに行くとするか。探していると他の一年もそわそわしているようだ。スギがメンタルのケアをしているようでそんなに問題は無いだろう。問題があるとしたら水戸君だろう。初心者ということもあって初めての試合に緊張しているのだろう。清水君がフォローしてくれているが表情が硬過ぎる。心配になり近付いてみると必死に手のひらに何かを書いて飲んでいる。こんなベタなの初めて見たぞと思っていたが更に近付いて驚愕した。聖四郎、それ「人」やない。「入」や。というツッコミを胸の内に秘め、声を掛けた。

「大丈夫か?」

 あ、ダメそうだ。顔ひきつってるわ。

「いや、ちょっと緊張しちゃって、悪い」

 水戸君の下手くそな愛想笑いを見て不安が少しだけ膨らんだ。

「大丈夫だよ水戸君。俺も試合前は緊張するんだ。けっこうそういう人多いと思うよ。ねえ清水君?」

 我ながらナイスフォローだ。

「え? そうなの? 俺全然そういうのないなー」

 こいつ空気読めないタイプか! まさかの伏兵の存在に言葉を失っていると大ちゃんが声を掛けてきた。

「あ、いたいた。ハル君一緒に試合観ようよ。あれ、なんか変な空気だね。」

「俺も探してたところだから良かった。いや、水戸君が緊張しちゃって」

「あー、さっきの試合見せられた後だと尚更だよね。俺も結構緊張するんだよね。なるべくたくさんボールに触ったり、ダッシュしてるとアドレナリン出てきて慣れるからなるべくパス回すよ。難しいことを考えず清水君にパスしてくれていいからさ。あんまり心配しなくていいと思うよ」

 さすが大ちゃん、頼りになるな。

 ひとまず落ち着いたようで二人から離れ、先ほどの場所に戻ると輝君と篠原がもう来ていた。

「ハルー早くー」

「ごめん輝君。遅くなった」

「私にも謝って! あ、佐々木君だっけ?」

 大ちゃんがいてくれてよかった。めんどくさいやつの相手しなくてよさそうだ。

「先輩たちはハル君と同じ中学なんですっけ?ハル君ってどんな感じだったんですか?」

 なんか昔話始まったし試合始まる前に頭真っ白にしとこう。

 さっきのイメージは無しだ。気持ちを強く持ち勝ち筋を描け。一人では無理でも皆がいれば、今はそう思える。仲間がいる。それがこんなにも力をくれるなんて知らなかった。だからこそ、それがうれしかった。


 フッと小さく息を吐き、俺は気持ちを切り替えた。

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