第7話
人間というものは果たして簡単に変われるのだろうか。
昨日篠原から半ば強制的にやる気スイッチを押されたのだが、一晩寝て、起きてみれば昨日の朝と何一つ変わらない自分がいた。やる気出しすぎたせいで本能的に内なる自分がスイッチの繋がっているブレーカー自体を落としたのかもしれない。スイッチがONになっていても元の電源が動いていないのだからしかたない。そんなどうしようもない言い訳が頭に浮かぶが今日は二度寝する訳にもいかないのである。昨日の俺(スイッチON)は確かにいつもより1時間早く目覚ましをかけている。それはもちろん二度寝するためではない。走るためだ。さらに昨日のうちに二度寝したりサボらないように隣に住む陸上部所属の中学2年生、斉藤弘樹(さいとうひろき)と6時過ぎにうちの玄関前に集合という約束をしていた。俺が約束を大切にする人間であることをうまく利用している。さすが俺だ。
顔を洗い、ランニング用のジャージに着替え玄関を出る。ドアを開けるとストレッチをしながらあくびをする弘樹の姿があった。
「おっはー」
「おはよう。悪いね付き合わせちゃって」
「別にいいよ。うちの学校なんか知んないけど今さー、朝活ってのを推奨してるから調度いいかなと思ってね。それよりもハルちゃんがランニングなんて珍しいね。どしたの?」
「ホントにねーどうしたもんかな」
適当にごまかしとくか。
「なにそれ? まぁいっか。走りながら聞こうかな」
ごまかせないかー。まぁ昨日までの俺を見てきた人間からしたらそうなるよな。
ストレッチを済ましランニングを開始した。初日ということで3キロ程度のコースにしてもらった。
初めて弘樹と走ってみたが、さすが陸上部だ。中2だからとなめていた。ホントに俺は体力がないんだと痛感した。ランニングは絶対に続けよう。
「漫画でよく毎朝10キロ走ってるとか言ってるやついるけどあれ絶対嘘だよな」
走ってみて分かったが絶対嘘だわ。
「いやそうでもないと思うけどなー。まぁ俺も毎日10キロ走れって言われたら嫌だけど無理な距離でもない気がするなー。それにしても体力ないねーお兄さん」
弘樹がホントに驚いていた。ちょっと引いてない? え? そんなに?
「自分でもびっくりしてる」
スポーツマンとしてちょっと情けない。
「で、何で走ろうと思ったの?」
理由の追求については諦めててくんないかー。
俺は小さめのため息をひとつついてサッカーと真面目に向き合うことを少しだけ弘樹に話すことにした。
「まぁなんっつーか今日からいろいろとがんばろうかなと思って。俺さ、高校では本気でサッカーやってみようと思ってさ」
言葉にしてみるとなんか恥ずかしいなこれ
…
「え? ホントにどうしちゃったの?」
そんなに? 立ち止まるほどだった?
「ちょっと先輩に色々言われてね」
なんって説明すりゃいんだろうな。
「でもそんなこと今までなら無視してたでしょ? 女か? 女なのか?」
こいつ勘良すぎだろ。
別に篠原のことを女としてみたことはないからなんとも言えないけど。
「まぁギャップ燃えってやつだな」
「ギャップ萌えってよくそんな言葉知ってたね。そんなにかわいいの?」
「え? あんま関係なくね?」
「そうなんだ。まぁでもがんばらないとね」
なんか少し違和感があるけど納得してくれたみたいだ。
「遅刻したくないしさっさと帰ろうぜ」
「てかハルちゃんが遅いからでしょ。でもまぁ俺も今日から毎日走ろうかな」
すみませんね。てか、こいつ生意気だな。
「んじゃお前は明日から10キロな」
こいつには罰を与えねば。
「やだよ。そもそも俺専門は短距離なんだけど」
マジかよ。俺の体力ホントにヤバくない?
短距離専門の中学生に負けてるとか…
「調度いいじゃん」
適当にあしらい、頭の中では本気で体力をつけねばと危機感を感じた。
「何がだよ!」
まったく年上には敬語を使えと習わないのかね最近の中学生は。
まぁ俺も使ってないけどさ。
なんでもないやり取りを繰り返しているうちにスタート地点である我が家の前に戻ってきた。ダウンのストレッチを済ましお互いの家へと戻ることにした。
「今日はありがとなー」
ホントにありがたい。俺だったら絶対断ってるわ。
「明日も同じ時間でいんでしょ? いつまで続くか見物だねお兄さん。それとさー今度試合、観に行っていい?」
こいつホントに俺のことなめてやがるな。絶対続けよう。
「別にいいけど俺まだ試合出るかわかんねえからなー」
実際そうなんだよな。
「まぁそれはたぶん大丈夫でしょ。んじゃねー」
俺も大丈夫だと思うけどさ。明日の約束もしたしシャワー浴びて学校行くかな。
思ったより疲れた感じはない。それどころかいつもより爽やかな気分で登校することができた。充実感というのだろうか。なかなか気分がいい。
まぁそれはそれとして、午後の授業でがっつり居眠りをしてしまったことは言うまでもないだろう。
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