第8話
最近では練習後に3人で寄り道をして帰るのが定番になってきている。今日は赤いハンバーガーショップに来ている。
「なんか最近3バック流行ってるらしいけどあれって何がいんだろうね」
篠原がポテトをかじりながらぼやく。
俺も丁度フォーメーションについては勉強しているところだ。3バックと4バックの目的や違いは細かいフォーメーションによっても変わってくる3バックの意図するところは、役割の多いボランチの仕事量を他のポジションに分担することではないかと思う。その点他のポジションにこれまで求められていなかった能力が必要になってくる。高校サッカーと違いプロサッカーの世界では監督のプランに必要な選手を他のチームから引っ張ることができるのでそうしたことも可能だが、うちの学校では3バックは少し難しいだろう。守備のやり方も変わってくるためチームに浸透させるには戦術・練習方法等を考える顧問の腕次第だが、実際やるのはかなり難しいと思う。そんなことを考えていると輝君が口を開く。
「俺らってあんまプロの試合観ないよなー。テレビで観るってなっても日本代表の試合くらいだしなー。今度3人でJリーグの試合でも観にいってみるか」
とても魅力的な提案に思えた。
「いいねそれ。あーでもない、こーでもないって色々戦術的なこともちゃんと考えながら観たいな。アタシけっこう試合中は感覚的な判断が多いから俯瞰で観ながらちゃんと考えたいかな」
たしかに戦術的なことを話すのはいいことだ。サッカーはボールを中心として常に戦況が変化している。個人の能力も確かに重要だが、キーパーを含め22人のポジショニングによって、それぞれのその場での状況判断やどれだけチームとして戦術を理解できているかが勝敗の鍵を握る。フォーメーションの相性や試合の流れによってはジャイアントキリング(弱いチームが格上のチームを破る)も十分に起こりうる。前後半が別れていることで前半を勝ち越して折り返してもハーフタイムに対策をされ逆転されることも多々ある。
2―0が危険なスコアと評されることも多いが試合を中断するタイムもなく、刻々と攻守の切り替わりが繰り返されるサッカーにおいて試合の流れというものは勝敗を分ける一つのポイントであることは確かだ。
本気でサッカーをやると誓った日から俺は自分がどうあるべきかを悩んだ。悩んだ末にたどり着いたのはこの流れを掴める選手を目指すことだ。俺は常に献身的な守備ができるわけではない。キック力も高い方ではないのでミドルシュートも直接得点には繋がらないだろう。だとすれば極めるのはパスの1択だ。
実際には1試合の中で何回、そしていつチャンスを作れるかはわからない。だからこそボールを持った時に自分の頭に浮かぶ軌道でボールが蹴れるだけの体力とキック精度は最低限必要だと思い、早朝のランニングを自らに課した。そのせいで帰宅後は飯を食って風呂に入ると宿題・予習の途中に机で寝てしまうことも多々ある現在なのだが…
試合終盤での体のキレや今まで届かなかった後一歩が届くような感覚を少しずつだが感じていた。それこそが今の自分を動かす原動力となっている。最近では「もっと」という言葉が口癖になっていた。体は疲れきっていても頭ではサッカーのことばかり考えてしまうのだ。そのせいで最近は勉強に身が入らないでいた。
まさか自分がこんなサッカー馬鹿になるとは夢にも思っていなかった。そのすべては今目の前にいる能天気にポテトをむしゃむしゃ頬張るこの女のせいだ。リスみたいな顔でこっち向くんじゃねえよ憎たらしい。
「ちょっとアンタ自分のバーガーとナゲット食べなさいよ! これはアタシのなんだからだめだってば!」
無性に腹がったったのでポテトを一つまみ奪って食ってやった。
「うっさいなー。別にいいじゃん。輝君もどんどん食べていいよ。」
「マジで? ラッキー」
そういって輝君は俺のナゲットを一つ奪うと自分の口に放り込んだ。
「あ! ちょっと! ナゲットは駄目でしょ! 一つがでかいんだから! 俺のじゃなくて篠原のポテト食べてよ!」
「隙あり!」
「お前もな!」
俺のナゲットを奪いご満悦の篠原のポテトを輝君が横から奪う。
「「あー!」」
俺と篠原の叫びが店内に響くと静かにしろと店員から注意を受けてしまった。サイドメニュー争奪戦を終え店を出た。今度からはポテトを頼もう。
帰宅し、予習を簡単に済ませベットに入った。宿題は明日友達に写させてもらおう。
なんだか今日は輝君のテンションが高かったな。そういえばこの二人は俺がいないときはどんな会話をしているんだろうか。
それに二人は俺よりも先に卒業してしまうのだ。まだしばらく先の話だが想像してちょっと悲しい気持ちになった。俺の気持ちが沈んでも時間は止まらない。時計の針は今日を昨日へと書き換えようとしていた。明日も早いし今日はもう寝よう。
先のことは、また考えればいいのだ。そう思うと、すぐに意識は剥がれ落ち、夢の中へと誘われた。
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