第5話
日曜の練習はシュート練習、クロス練習、ハーフコートを使った各ポジションの動きの確認をして最後にミニゲームという流れで終わった。
ハーフコート練習では1年生は球拾いという役割を与えられた。輝君は攻撃側で参加している。一方で篠原は監督の補佐みたいなことをやっていた。ノートを持ちこまめにメモを取っている。練習に参加して知ったのだが、主要な戦術練習に篠原は参加していない。そうした練習の時は決まってコーチのような立ち位置で監督の補佐をしていた。輝君に聞いて初めて知ったのだが、高校サッカーでは公式戦に女子は出場できないらしい。
篠原は何を考えて練習に参加しているのだろうか。聞いてはいけないような気がした。その篠原とは午後からスパイクを買いに行く約束をしている。なんだかモヤモヤする。
ダウンのストレッチは3人でやるのが習慣となっていた。
「悪いな今日は子守任せちゃって。喧嘩しないようにな」
輝君が俺に向かって申し訳なさそうに謝って来た。そこへすかさず篠原が割り込んできた。
「てっちゃん知ってる? 喧嘩って同じレベルの相手としかできないんだよ?」
篠原が当たり前のことを言い出し俺は思わず輝くんと顔を見合わせてしまう。
「「よくわかってんじゃん」」
シンクロ率200%だな。
「そうじゃないでしょ! なんなのよもう!」
騒ぐ篠原を無視して話を進める二人と言うのが型についてきたこの頃だ。
「スパイクなに買うか決めたのか?」
輝くんが午後の買い物について聞いてきた。スパイク談議って盛り上がるんだよねー。俺はそこまで興味ないからあんまりわかんないんだけどね。
「いや、店に行ってから決めようと思ってさ。今借りてるやつ結構いいからこれでもいいのかなと思ってんだけどね」
そう言うと篠原がすかさず会話に入ってきた。
「だからあげるってば」
だからいらないんだよ。めんどくさいなコイツ。
「いらない」
俺はわざとらしく嫌そうな表情を作ってみせた。
「考える余地なしだ。嫌われてるんじゃないのぉ?」
輝くんがアシストしてくれたが篠原は何故か自信満々にほざき始める。
「そんなことないよねーハル?」
めんどくさいので会話を切り上げることにした。
「13:30頃の電車で行くから遅れないでよ? いなかったら置いていくから」
午後の待ち合わせについて用件だけ伝えると篠原は俺の横腹をツンツン指でつつきなが更にほざく。
「ちょっと答えなさいよ! ホントは好きなんでしょ? ほら言ってごらんなさいよぉ」
うっざ……。
「チッ」
思わず舌打ちしてしまった。
「まぁ!? お父さん聞いた? 今この子舌打ちしたわ! 信じらんない、どうしちゃったのハル君? そんな子に育てた覚えは無いわよ!」
輝君の袖を引っ張り篠原が大げさに騒いでいる。輝君はすごくめんどくさそうだ。
「「うっせーなババア」」
二人で篠原をあしらう流れも定番になりつつある。
「だからババアって言わないでよーそれだけはやめてよ! 皆が真似し出したらどうすんのよ!」
ギャーギャーと騒ぐ篠原を無視して輝くんはダウンを終えて立ち上がる。
「んじゃ予定あるから先帰るわ」
篠原がまた騒ぎ出す。
「さっさと帰れ帰れーもっと優しくしろー。ブーブー」
どんな捨て台詞だよ。
13:30ぴったりに駅に着くとソワソワと落ち着かない篠原が私服姿でキョロキョロしていた。さすがにスカートではなかったが細めのパンツは長い足をさらに強調し、ヒールを履いているので背があまり変わらない状態になっていた。化粧はしていないようだがいつもと雰囲気が違う。一応篠原も女子なんだな。
「おっそいわよちょっとアンタねえ! 置いてかれたかと思ったじゃない!」
「そんな怒んないでよ。ちゃんと時間通り来たじゃん」
「女の子を待たせるんじゃないわよ」
ちょっと煽ってやろうかとも思ったけど今はフォロー役の輝君が不在だ。めんどくさくなることが容易に想像できたので素直に謝ることにした。
「ごめんごめん。映画でもなんでも付き合うからさっさと行こうよ。時間もったいない」
「ホントに? やったね。行こ行こ」
電車で30分ほどでつく繁華街にあるショッピングモールへと到着した。休日ということでたくさんの人で混み合っていた。このショッピングモールには映画館もあるのである程度の混雑は予想していたがここまでとは思っていなかった。
「人が凄いね。これは腕組まないと駄目だね」
「何言ってんの? 組まないよ?」
「しょうがないなぁ。手を繋いであげるからホラ、手貸して」
なんか今日やけにテンション高いな。
「そういうのもういいからさっさと行こうよ」
「はーい」
意外と素直だな。なんかホントに子守してるみたいになってきたな。
スポーツ専門店に入りまずは練習着を選ぶことにした。特にこだわりが無いのでご機嫌取りに選んでもらうことにした。
最初から決めていたのかと思うほどあっさりと決めてくれた。ありがたい。スパイクは結局篠原に借りていたものと同じ形の色違いにした。
「ホントにそれにするの?いいの?」
「駄目なの? 足に馴染みやすかったからこれがいいんだけど」
「そっかーそんなに私が好きかー。そうかそうかー」
うざってーなこいつ…
最近では俺のスルースキルは右肩上がりに上昇していた。
目的の買い物を終えこのあとどうするかという話になった。
「何か観たい映画あんの?」
「うーん、別に無いんだよね。カフェでお茶して帰ろうか。練習で疲れてるだろうしね」
なんか急に気を使われるとやりずらいな。
「いいの? 疲れてた? なんかごめん」
「大丈夫だよ。ありがと。ちょっとゆっくり話したいこともあったしね。行こっか」
変に茶化さずいつもと違い真剣な表情で篠原は言葉を紡ぐ。凛としたその表情に不覚にも見とれてしまう。
そこには確かに一つ年上の先輩の姿があった。
その落ち着いた振る舞いに不意をつかれ俺は言葉を失った。ただただ篠原の後を追うことしかできなかった。
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