第2章 ”ガトリングコミッティー・ストライクス・アゲイン”:アゲイン

”ガトリングコミッティー・ストライクス・アゲイン”:アゲイン

 目を凝らして暗闇を射抜く。

 ランドセル(背嚢)から干飯を出し、ポリポリと齧った。

 ゲートルのほつれも今は全く気にかからない。


 寒気団が上空を銀河のように流れる中、満月の光を背に感じる。


 キンキンに冷え切った圧縮された空気の層で浸透度が増した月光。

 青白いくらいに眩しく輝く銀盆。


 不思議なくらい清々しい気分だ。

 藩の詰め所を出、城の前をザ・ザと歩行の音だけで過ぎ、山王が祀られる神前で鬨の声を上げた。

 そして強行軍の末、ようやくたどり着いた戦地。

 行軍の最中はエンフィールド銃が肩にずしりと重みのみをかけていたが、今こうして敵陣の前で潜む身となればこの銃とその先端に装着した剣がどれほど安心感をもたらしてくれるか。

 だが、噂には聞いている。

 ”ガットリング砲、というらしい”


 佐幕のある藩が米国で開発された最新式の”機関砲”を莫大な藩費を使って購入した。既に実戦配備されており、間隙無く、凄まじい速度で連続射撃が可能だという。


「この銃剣でどう戦う」


 戦略会議とは別に藩士の間でも自発的に研鑽した。ガットリング砲は連発はできるであろうが、数基の配置であれば直線的な射撃ではないか。”すだれ”のような弾幕を張れるものではないであろうから、こちらも姿勢を低くして敵陣の目標に直線的に疾駆すれば被弾の確率はぐっと下がる。加えて、駆けながら接近した時点でこちらも応砲すれば敵の陣形を崩し、銃剣を使った白兵戦に澱みなくなだれ込める。

 だが、それは思わぬ威圧だった。


 ドゥグラタタタ!


 眼が慣れた暗さが火薬でカッ、と明るくなり、その為にまた闇夜に戻った。大砲ほどの音量ではないが、連続音である分恐怖を与えることこの上ないものだった。

 まさか、とは思ったが、こちらが動かない内に威嚇で撃って来た。間違いなくガットリング砲であろう。

 ”臆病者め”とから元気で敵の小心を嘲ってはみたものの、それでも恐怖は消えなかった。


「いくぞ」


 隊長がほぼ感情のない、だが腹からずしりと響くような声で自隊に命じた。

 その瞬間、すべてが初心に却る心地がした。


 幼少の頃から武芸と経世の術に親しみ、安らかな治世の中でも弛緩しきることなく生きて来た。おそらく、”武士”、と自覚し、民からも侍と呼ばれる人種は皆そうであったろう。

 なにかとても懐かしい、本来あるべき瞬間に立ち至ったような気がする。


「さあ、参るか」


 儂は心の中で、にこっ、としてつぶやいた。そして自らの意思でもって疾走し、脇を締め、銃の照準を眼前の敵どもに定め、息も上がらぬまま最高速度に達していた。


・・・・・・・・・・・




「・・・いいね」

「ありがとうございます」


 わたしが通うごく普通の大学のごく普通の文芸部。でも、そんな中で突然変異のように優秀な花井はない佳菜子かなこ部長。彼女は発行部数トップの看板月刊誌を抱える出版社の内定を得た才女。その部長が褒めてくれたので素直に嬉しかった。


「で、この感じで書いていくの?」

「や、実はこれはわたしがこの小説への思い入れを深めるために書いたデモンストレーション的な文章なんですよ」

「ほう」

「主人公は高校3年生の男の子と女の子。で、男の子の先祖が戊辰戦争に従軍した武士、っていう設定なんです」

「なるほど」

「それで女の子の方は先天的にホルモンのバランスが崩れる難病が原因で、物心ついてからいじめられつづけてきた。でも、高校3年生になってその男の子と出逢って、一緒に戦闘の生活に入って行くという」

「戦闘の生活?」

「はい。もう少し詳しく詰めるつもりなんですけど、日本人が持ってた先天的ともいえるよい性質を自ら放棄していくことが日本の崩壊につながるという。それを少しでも食い止めるために高校を休学して戦うという感じで」

「日本人の性質って?」

「ええと・・・照れを残した自己犠牲とか、奥ゆかしい勇ましさとか。なんて言えばいいんですかね?」

「分かるよ。その象徴が、”武士”、なんだね」

「はい」


 部長の真っ直ぐな言葉にわたしの方がやや照れる。


「で、”タイシとシナリ”、っていうのは2人の名前なんだ?」

「はい。男の子は大志タイシ。女の子は志成シナリ。ちょっと気恥ずかしいですけど2人が出会い、”大きな志が成る”、で、”タイシとシナリ”です」

「ふふっ。長谷はせちゃんの感性は結構かわいらしいんだね」

「これが、ですか?」

「うん。とろけるぐらいにかわいいよ」


 部長にこう言われるとわたしはなんだか変な気分になる。

 もしかしたらわたし、部長のことが好きなんだろうか。

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