魔女の子どもたち

葉原あきよ

魔女の子どもたち

 男の子どもを拾った。迷子なら村へ返してやろうと思ったら、捨てられたのだと言う。

「あんな家帰りたくない」

 子どもは殴られて腫らした顔で私を見上げた。

「何でもするから! ここに置いてください!」

「ふうん、何でも、ね?」

 目を眇めて見下ろすと、びくりと肩を震わせる。

 私は鼻で嗤って、

「名前は?」

「ジ、ジーク」

「いいよ、ついておいで」

 目を見開いて驚くジークに、私は言った。

「あんたは捨てられたんじゃないよ。あんたが家族を捨ててやったのさ」


***


 それから数年後、弟子志望が押しかけてきた。

「皆私のこと何もできないって馬鹿にするけど、私には魔女の才能があると思うんです!」

 がたがたの縫い目の黒いワンピースの裾を握りしめて、少女は私を見上げた。

「何でもするので、私を弟子にしてください!」

「ふうん、何でも、ね?」

 目を眇めて見下ろすと、少女は真剣な顔でうなずいた。

「はい! 何でもします!」

「はははっ。おもしろい子だね」

 私は物置になっていた部屋のドアを開けた。

「まずはここを片付けてもらおうかね。私が若いころに着ていた服がどこかにあるはずだから、見つけ出して、それに着替えな」


***


「お師匠様! 見てください! 花が咲きました!」

 弟子がスミレの鉢を持って駆け寄ってくると、養い子はバタバタ動く麻袋を持って駆け寄ってくる。

「母さん! 蛇捕まえた!」

「ちょっとジーク、私が先よ」

「お前こそ、後にしろよ。俺のは生きてるんだぞ」

 互いを押しのけるようにして私の前に成果を見せに来る二人に、私は苦笑を浮かべる。

「あんたたちは仲良しねぇ」

 そう言ってやると揃って首を振る。

「全然!」

「そんなことないです!」

 同じ年頃の二人は仲良くやっているようだった。

「エリサ、次は三色スミレを咲かせてみなさい」

「はい!」

「ジーク、どこか遠くに放してきなさい」

「えー!」

 口を尖らせるジークに、エリサが勝ち誇ったように笑った。


***


「お師匠様! 見てください! マンドラゴラがうまく抜けました!」

 弟子が引っこ抜いた植物を持って駆け寄ってくる。

「ほぅ。これはなかなか」

「どうですか? すごくないですか?」

「ああ、上出来だ」

「わぁい! やった!」

 笑顔でほめてやると、エリサはマンドラゴラを持ったまま両手を高く上げてぴょんぴょん跳ねた。押しかけてきてから六年。それなりの年になったはずなのに、いつまで経っても子どものように落ち着きがない。

「それじゃ、さっそく痺れ薬の作り方を教えてください!」

「いいだろう。そういう約束だったからね」

 そこで、ジークがやってきて、エリサの肩を押さえた。

「エリサ、土がついてるものを振り回すなよ。母さんも、後にしてくれないかな。せっかく作ったのに」

 ジークは食卓に広げられた羊皮紙を片手でまとめて端に寄せ、料理の皿を並べる。

 少年の域を脱しようとする養い子は、もう私よりも目線が高い。「はいはい」と席に着くと、ため息を吐かれた。何をやらせても魔法に関すること以外はからっきしのエリサに反して、ジークは何でもできた。今や、料理も洗濯も掃除も、薬の管理や販売も、全て彼の仕事だった。

「わぁ、おいしそう! さすがジーク!」

「だから、お前、マンドラゴラは研究室に置いてこいって!」

 いいコンビだと思う。

「もうちょっと成長したら、私の元から独立して、二人で一緒に暮らしたらどうだい?」

 思わずそう提案すると、揃って首を振った。

「えっ、絶対嫌です! こんな口うるさいの」

「俺だって、嫌だよ。こんな手がかかる女」

「それよりもお師匠様、私ずっとお師匠様のところにいたいんです。独立しろなんて言わないでください!」

 エリサがマンドラゴラを握りしめて訴えると、ジークは責めるように私を睨んだ。

「俺の家はここだけだ」


***


「お師匠様? 見えますか? ずっと消えないランプを作ったんです」

 弟子が私の枕元にランプを置く。

「母さん、スープなら食べられるだろ?」

 養い子が私を起こし、背中に丸めた毛布をあてて寄りかからせる。

 一口二口食べさせてもらったところで私は首を振った。

「母さん、もう少し食べないと」

「そうですよ、お師匠様」

「いや、もういいよ」

 十分生きた。

「そんなこと言わないでください!」

 エリサが私の手を握る。

「私がいなくなっても二人で仲良く暮らしなさいよ」

「嫌です!」

 エリサはすぐさま声を上げた。ジークは少し黙って私たちを見つめ、「果物なら食べられるかもしれないから」と部屋を出ていく。

 いつからか、ジークは嫌だと言わなくなった。

「エリサ……」

 俯いた彼女の手を握り返すと、小さな呟きが聞こえた。

「二人きりなんて無理です。怖い」

「ジークはあんたが嫌がることなんてしないさ」

「はい、知ってます。でも……」

「でも?」

「ジークが私といてくれるのは、お師匠様がいるからです」

「そんなことはない」

「いいえ、あります! だって、私、何もできないもの。呆れて、嫌われて、ジークが出て行っちゃったら?」

「そんな薄情な子に育てた覚えはないよ」

 私は震える手を伸ばして、エリサの頬を撫でる。そのまま後ろを振り向かせた。

「そうだろう? ジーク」

 少しだけ開いていたドアを風の魔法で開くと、ジークが立っていた。憮然とした顔でエリサを見ている。

「聞いてたの!?」

 大声を上げて飛びついたエリサはジークの胸をぽかぽかと叩く。いつもの調子で彼女の両腕を掴んで制したジークは、そのままぎゅっとエリサを抱きしめた。初めてのことに驚いたのか、エリサの動きがぴたりと止まった。

「馬鹿か、お前は。なんでそんなこと悩んでるんだよ」

「だって……」

 エリサの声が涙に滲む。そこで、ジークは顔を上げて私を見た。彼の少し困ったような表情は、初めて会ったときを思い出す。私は大きくうなずき返した。

 それから私は風の魔法でそっとドアを閉めた。

「残り少ない魔力を使わせて、全く世話のやける子どもたちだよ」





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