第3話

「お兄ちゃん!!」


頭がそれを声だと認識するより前に、どんっという衝撃が俺の背中を襲った。


「…ぅ」


思わず呻き声が出たのを許して欲しい。

俺の背中を襲った正体を確認しようと体をよじる。確認なんてしなくてもこんな衝撃で襲ってくるのは、俺は1人しかしらないけど。

視線を向けてやると、俺のベットの上でもういっぱつ来ようとでもしているのか、にこにこわらってる未唯がいた。


「ごはんだよ!!」


「あぁ。ありがとう」


どうやら遊んでほしかった訳ではなく、帰ってきてそのまま寝落ちてしまった俺に、夕飯を知らせに来てくれたらしい。

よしよし、と頭を撫でてやると、満足気に部屋を出ていった。

未唯のことは素直にかわいいと思う。

ただ、未唯…。お願いだからタックルはやめてくれ。


帰ってきてそのままベッドに倒れ込んだため、着ていたままだったブレザーを脱ぎ、ハンガーにかける。シワになってなくてよかった。

いつもより着崩れているシャツを手でなおしながら、リビングに続く階段を降りた。



美味しそうな匂いが漂っているリビングの机には既に料理が並べられており、いつもなかなか一緒にご飯を食べることがない父さんと兄貴を抜かすと、侑希を除くみんなが揃っていた。


「拓くん、よく眠れた?」


ポットに入っている麦茶をコップについでいた洸が俺に声をかける。

コップから視線を外しているのに、ついでいる麦茶を零さないところを見ると、つぎなれているのか、器用なのか。両方か、とくだらないことが頭をよぎる。


「あぁ」


洸の問いかけに短く返すと、「そっか」と眼鏡越しの目を少し伏せて、またお茶をつぎだした。学校ではコンタクトの洸が家では眼鏡、というのは女子がギャップと騒ぐんだろうな。

食事が1人分多く用意され、中身の入っていないコップがあることから、多分侑希はお風呂に入っているんだろう。

ちらりと時計に目を向けると、8時を少し回ったところだった。そんなに寝てたのか。

それは毎日遅くまで部活動に勤しんでいる侑希も帰ってくるわけだ。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!あのね、未唯もね、お手伝いしたの!味噌をいれたんだよ!!」


えっへん、と効果音がつきそうなくらい顔をのけぞらせて未唯が得意げな顔をする。解いた味噌というのは、今日の味噌汁の味噌のことだろう。

豆腐にほうれん草、油揚げといったごく普通の味噌汁だ。

兄貴は玉ねぎとじゃがいもが入っていた方が好きだったな。くたくたになった感じの二日目の朝の味噌汁がいい。とかよくマニアなことを言っていたのを思い出す。兄貴が仕事を始めてからはめっぽう顔を合わせる機会がへり、少し寂しい。絶対に口には出さないけど。



「いただきます」


しばらくして、いつも通り髪を乾かさずに上がってきた侑希に母さんが一言注意する。侑希は頷きながらも乾かしに行く気はなく、木でできた椅子を引き、自分のところへ座る。その毎日の日常をまたか、という風に眺める洸。

みんな揃ったのを確認した未唯がいただきますの挨拶をかける。それに続いてみんなで挨拶をして箸を握った。

あぁ、家族だな。と感じる。

家族なんだ。自分もその一員なんだけれど。時々、すごく疎外感を覚えることがある。母さんからしても侑希や洸からしても、俺は再婚相手の連れ子だ。血の繋がりもない。未唯は半分だけ繋がっているけど。

父さんと兄貴は仕事が遅いから、このご飯の時間は基本いない。普段はあまり感じないけど、こういう、昔からの日常、みたいなのを見ると、自分は後から入ってきたんだ。となんとなく思い知らされる。

それに、兄貴が父さんの会社で働き始めたことで、2人も前よりたくさん会話するようになった。俺より、全然。

みんな、そんなこと思ってないとは思うけど、これだけはどうしようもない。この感情は、寂しいという感情なんだろうか。


「食べないとなくなっちゃうよ?」


洸が俺の顔を覗き込みながら、言葉を発した。

料理を前に手をつけない俺を不思議に思ったんだろう。軽く頭を振り、考えていたことを消しながら、俺も箸を握って食べ始めた。

母さんのご飯はすごく美味しい。前の、とはあまり言いたくないが、母さんはあまり料理上手ではなかったため、毎日レシピ本を眺めて作っては、できたー!とにこにこしながら1人で騒いでいたのを思い出した。


「ごちそうさまでした!!!」


未唯が叫ぶように手を合わせて、食器をキッチンに運んでいく。そこから1人で廊下にでていったから、多分歯磨きだ。

微笑ましくて、口角があがるのがわかった。




自分の分の食器も片し、お風呂をすます。

部屋に戻ると、夕方寝たはずなのにまた睡魔が襲ってきた。その眠気に逆らうことなくベットに横になる。白い天井を眺めていると本格的に眠たくなってきた。

このまま寝ようとも考えたが、明日はやく目覚めすぎそうだったため、携帯を開き、着ている連絡に返信していった。


『朝練休みになった!

一緒に学校行こうぜ』


佐藤からそんな文章が届いていた。

ということは、侑希も朝練なしか。侑希も佐藤と同じバスケ部に所属しており、そこそこ上手い、と佐藤が自慢げに話していた。侑希も、佐藤のことを佐藤さん、と呼んでいたはず。

あー、やっぱ佐藤は『先輩』より『さん』だわ。と、笑いがこぼれた。


『寝坊すんなよ』


と佐藤に返信したところで、扉がひかえめにノック音を告げた。コンコン、っというノック音はあまり大きくはない部屋によく響く。

兄貴はノックなんてしないし、未唯も絶対ない。母さんは声をかけるだろうし。侑希か洸だな。


「はーい。どっちだ?」


ベットに倒れ込んだまま返答すると、抑えたような笑いが聞こえる。あー、侑希だな。洸はけっこう隠さず笑うからな。


「侑希の方」


だろうな。と頭の中でつっこみを入れながら、自分からは開けないだろう侑希の性格を考えて、扉を開けに行ってやる。

木でできたベージュがかった扉は、学校みたいに堅苦しい感じがなく、気に入っている。


「どうした?」


「課題なんだけど…、わからないとこが、あって」


教えてくれ、と言えない侑希が目を逸らしながら手に持ってる勉強道具に視線をうつす。

去年の受験の時期に、解説をしていたら、それからちょこちょこ部屋にくるようになった。無愛想に見えるけど、慣れてきたら色々な感情を顔に出すようになった。


「どこ?」


「ここと、ここ」


侑希の持っているワークらしきものに視線を向けると、若干頬を緩めた侑希が見えて、俺も内心で頬緩みまくりだ。

階段に取り付けてある灯りのオレンジの光が、目の疲れか体のつかれか、よくわからないけど、癒してくれるらしい。多分母さんの趣味だ。


侑希はご丁寧にわからないところに印をつけて、手渡してきた。

見覚えのあるワークは去年俺も使っていたからだ。青色のボールペンでつけられた印は、思っていたよりも少ない。


「とりあえず、座れ」


立ったまま説明も悪くないが、ここにいたら万が一未唯が来たりしたら勉強どころじゃなくなる。それに、洸に聞けば確実なものをわざわざ俺に聞きに来るってことは、多分何か理由があるんだろうし。

部屋の真ん中に置いてある木製のテーブルを指さすと、侑希は素直にそれに従い、ちょこん、と借りてきた猫のように座った。





「ありがとう」


こんなもんか、とシャープペンを置くと、侑希がまっすぐこちらをみて、お礼を述べた。視界の隅に映る時計は、11時頃を指している。

思ったより遅くはなったが、侑希は満足したみたいだから、まぁよしとしよう。


「先生よりわかりやすかった」


「それはねぇだろ」


にや、と口角を上げた侑希がどう思っているのかは判断出来かねたが、悪くはなかったみたいで、俺もほっと胸を撫で下ろした。

それと、もうひとつ。気になっていること。


「なぁ、新しく来た若い先生、知ってるか?」


使っていたシャープペンを筆箱に直していた侑希に声をかける。侑希は困った顔をするけれど、しょうがない。先生って単語で思い出してしまった。

カーテンの開いた窓には、背を向けて座る侑希と俺の姿が映っていた。真っ暗な空に、月だけが光っている。


「宮野先生しか、思いつかないけど」


うーん、と頭を傾げながら侑希が言葉を発した。

新任の先生、というのはあまり聞かないから、侑希の言い方から、宮野先生、という人は新任らしい。

新任同士仲がいいのを信じて、宮野先生とやらから情報を得よう。交友関係の広い佐藤なら知っているだろうか。

明日、朝聞いてみることにする。


「おやすみ」と今度こそ扉を閉めた侑希を見てから、ベットに倒れ込む。机の片付けは明日でいいか。

リモコンで『消灯』のボタンを押し、まだ暖まっていないベットで目を閉じた。


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