第2話
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「あ、帰ってきた」
教室の扉を勢いよく開け、中に入る。
ちら、とこちらに視線をくれるものもいたが、すぐに自分の話に戻る。クラスメイトとは別に仲が悪い訳でもないし、特別良くもない。
用事がないとかかわらないしな。
「お前さぁ、LHRだけさぼるの、なんなの?
2年生なって担任変わったんだから出ようよ」
どす、っと自分の席に腰掛けると、佐藤がいつも通り柑橘系のいい香りをさせながら話しかけてくる。
こいつは、一言で表すと『爽やか』だ。
いや、一言じゃなくても爽やかだ。
頬を膨らませながら、聞いてる?と口を尖らせる佐藤。正直言うと、確実に似合わないが、佐藤は表情筋が豊かなのでまぁ、いいんだろう。
「別に必要ねぇだろ」
授業と違って、勉強しなきゃいけないわけじゃないし。
また口を尖らせた佐藤に視線を向けてから、進学校で普通より少し広い机に突っ伏した。
帰りのHRはいつも通り出席する。担任は特に何も言わない。LHRって単位ないんかな。
「あ、拓くん」
通学用の鞄を肩にかけて、佐藤と連れ立って廊下をあるく。
こいつは、バスケ部で放課後もかわらず学校にいるから、体育館前まで一緒に行く。
体育館も下駄箱も一階で、俺らの教室は二階にある。二階には、生徒会室や、職員室やらなんか管理室みたいなのがある。あまり行かないから詳しくは知らないけれど。
その、生徒会室の前。ちょうど中に入る途中だった生徒に声をかけられた。
制服はきちんと着こなして、髪もきれいな黒髪。
『萩原』とかかれた名前札もきちんと胸についている。
まるで優等生を絵に書いたようなやつだ。
「なんだよ?」
「拓くんの担任の先生がまだ教室にいたら職員室にきてほしいって」
目線を合わせると、申し訳なさそうな顔で要件を伝えてきた。
呼び出される理由はよくわからないが、行かないでまた呼ばれるくらいなら早く済ませるか。
「用事あったら、俺の方から会えなかったって伝えとくよ」
「んや、行くわ。伝言ありがとな」
「うんん。きをつけてね、佐藤くんもばいばい」
「おう」
ばいばい、と控えめに手を振る『萩原』。
先生からの信頼も厚く、生徒からも慕われている、この学校の生徒会長。
そして、俺の義理の弟。
すれ違う生徒達は、ちらちらとこちらの様子を伺う。同じ名字でも、兄弟だと知っているやつはあまりいないんだろうし、知ってても信じたくないんだろう。
まぁ、この真面目が集まるような学校で、いくらLHRだけとはいえど、授業をさぼるやつなんていない。それに、生まれつき茶色がかった髪と、目つきの悪さ。
ただ目があっただけなのに、睨まれた、とか言われ出す始末だ。文句はこんな顔に生んだ親にでもいってくれ。いや、そんなこと言ったらそれこそ殴り掛かるけど。
そのまま佐藤と共に職員室の前まで歩いた。
窓から外を見ると、サッカー部だろう人達がはやくも、グラウンドにでていた。
「お前も部活行ってこいよ、後輩達待ってんだろ」
正直こいつが「せんぱい」なんて呼ばれてるのなんて想像つかないが、一応2年なので、せんぱいと呼ばれているんだろう。
「悪い、じゃあ行くわ」
にかっ、と効果音がつきそうな程の笑顔をむけた佐藤は小走りで職員室の横の階段をかけていった。
学校のバックは何も入っていないかのようにペシャンコで肩にかけられていたのに、部活用のリュックはぱんぱんだった。何をそんなに入れるものがあるんだ。部活をしていない俺からは考えても想像はつかなかった。
コンコン、
あれ、二回ノックだっけ、三回ノックだっけ、
そんなことを考えながら、中から「はーい」と声が聞こえたので扉をあける。
「2年5組、萩原拓ですー。」
名前を名乗ったとこでクラスの担任がひょこ、っとデスクから顔を上げた。
手で、ちょっと待て、とジェスチャーされ、俺はそのままここでまつ。
職員室の前には、進路指導室、生徒指導室とが並び、どちらに呼ばれるのだろう、と内心少しびびる。
グラウンドではさっきはサッカー部しかいなかったが、もう野球部と陸上部がでてきている。
みんな、なんで学校おわってからそんなに気力が残っているのか、不思議でたまらない。
「萩原、待たせたな、ちょっときてくれ」
来た。ちょっときてくれ。
どっちだ、と進路指導室と生徒指導室を見ていると、先生は「違うぞ」と笑った。
「今日お前を呼んだのはな、」
そう言って職員室の真隣にあるよくわからない部屋に案内された。
入ったこともなければ、こんな部屋あったな、て感じであまり広くもない。
周りは本棚で囲まれていて、ファイルがズラリとしまわれている。
「文化祭の実行委員をやってくれないか?」
「は?」
この学校の文化祭は体育祭の次の日から2日間行われ、1日めが一般解放、2日目は生徒で楽しむ、というスタイルだ。
というか、体育祭、文化祭は九月の頭だ。
そして今は6月下旬。実行委員たてるの早すぎないか?
頭がついてこない俺を置いて、先生は話をすすめる。
「クラスから最低1人ださなきゃいけないんだが、部活に入っているやつらは夏休みもあまり呼び出せないだろ?頼まれてくれないか?」
夏休みって、俺もバイトいれる予定だったんだけど…。近くにある椅子にも座らずに頭を下げる先生。他に頼めるやつがいないんだろうか。
もうしわけ程度に空いた窓から暖かい風が入ってきた。
「はー、いいですけど、夏休みは俺もあまり参加できませんよ?」
頼まれごとには弱いんだ。
先生は顔を輝かせて、手をがしっ、と握ってきた。ありがとう!!とぶんぶん手を振られる。
ちょっと痛い。
あぁ、この先生が熱血って言われてた意味が今わかった気がする。
先生に今まで見たこともないような笑顔で見送られ、学校を出た。今すぐ何か仕事があるわけではないという。近くになってばたばたしなくていいように、早めに決めておく必要があったそうだ。
あーあ。俺の夏休み。
「あー!!!おにいちゃんー!!!」
玄関を開け、まだ「ただいま」も言えてないのに飛びついてくる未唯。
どういえばいいんだろう。父さんと再婚した母さんとのあいだの子供。義理、になるのか?いやでも半分血はつながってるしなぁ。
未唯の全力のタックルを俺も全力で受け止めていると、母さんが奥からでてきた。
「拓くん、おかえりなさい」
片手にまだ小さい隆翔をかかえている。
この前1歳の誕生日パーティーをした。
ふわ、と笑う母さん。父さんはこの笑顔に惚れたんだろうなぁ、と毎日思う。
「ただいま」
3人に、そう返し、靴を脱いで部屋に向かった。
階段を登って左側俺の部屋。その隣が兄さんで、向かいが洸と、侑希。義理の弟たちの部屋だ。
父さんたちは下の階に部屋がある。
大家族だなぁ、としみじみ思った。
部屋につくなりベッドにダイブし、今日のことを思い出す。
いつも通り寝ようと思ったところを邪魔された。
別に嫌だったわけではないけど、名前も聞けなかったし。新任っていっても、こんな何ヶ月もしらないことあるんだろうか。
明日、佐藤にでも聞いてみるか。
制服も着替えもしないまま、俺はベッドで目を閉じた。
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