そらいろルーフ

みー

第1話

爽やかなすがすがしいような風が頬を撫でる。

春の爽やかな風に少し夏の暑さを感じさせるこの頃。気温はまだ、朝方は半袖だと寒いくらいで、夏と呼ぶにはまだ早い。

真っ青な空で、ひつじのような形の雲がふよふよと漂っている。


そんな中。

いつもの場所。

俺のお気に入りのいつも通りの屋上。

授業中の、この、しん、と静まり返った校舎が好きだった。

各教室では担当の先生たちがいて、授業する先生の声や、チョークで黒板を叩く音、生徒達のひそひそ話、いろんな音があるんだろう。

ここで聞こえるのは晴れの日は今日みたいに遠くでねこがけんかしているような声。雨の日は、ここの建物の影でしとしといってるのを聞く。

今日も、いつもと何も変わらない、誰もいない、誰も来ることのない場所だった。場所のはずだったんだ。




昼休みの終わりのチャイムを少し前に聞き流して、ざわついていた校舎が静かになった。

グラウンドでサッカーに勤しんでいた元気な男の子たちも、廊下でおしゃべりを楽しんでいた女の子たちも。みんなあの教室の中で授業をうけているんだろう。

ちゅんちゅん、近くで鳥の囀る音が聞こえた。

俺も、頬を撫でる風が気持ちよくて少しうとうとしてきた。視界は半分ぼやけ、夢と現実の境をさまよっていた。そんなとき。

いつもより敏感になった耳に、ぎぃ、と扉を開ける音が入ってくる。


「あ?先約かよ」


屋上に入ってきた誰かの声が聞こえる。

ここは南京錠が壊れていて、それを知っていれば、誰だって自由に入ることが出来る。ただ、ここの生徒は真面目な生徒が多いので、さぼろうなんて考えもしないのか、ここに俺がいる間に誰かほかの人にあった事はこれまで一度もない。

自分と同じような生徒だろうか。

声は低めだけど、綺麗に通る声だ。

俺は入ってきたやつを確認しようと、重力に逆らいながら必死に瞼を開ける。


「…え」


視界の隅で捉えたのはのは今俺が着ている、学校の校章がはいった、紺のブレザーでも学校指定の真っ白なシャツでもない、ピシっと着こなされた黒のスーツだった。

スーツ着てるってことは先生か…。

驚いて声は漏れたが、冷静に判断した俺を褒めて欲しい。

というか、見たことない顔だから、今年になってきた先生だろう。

新任って正義感強そうだからな。

怒られて、授業に出ろとか言われるのか。

別にHRだから良くないか。

そう考えながら、ちらりとスーツの先生に目を向けると、そいつはがさがさとポケットを漁り始める。

「ん?」と声を漏らしながらぱたぱたとポケットをたたく。何かを探しているんだろうか。

座っている体制から見上げてもわかる、整った容姿はそんな戸惑った姿でも様なって映る。

たとえ今のこいつの顔が相当まぬけでもだ。

イケメンって有利だよな。


「はー」


そして、このイケメンは小さくため息をつくと、俺の座っていた傍に座り、ポケットから探し出したであろう煙草に火をつける。

気だるげに伏せられた瞼と煙草をくわえる唇。

口元にある指は長くて、きれいだ。


「なにやってんだよ?」


きれいな横顔に思わず見とれていたが、これはおかしい。

俺は生徒で、こいつは多分先生なわけで。

そして俺は授業をさぼってる生徒だ。

なのに、なんでこいつは注意するどころか、隣に座ってタバコ吸ってんの?


「煙草」

「見てわかる」


じゃあ何が言いてぇんだよ?みたいな視線を向けてくるこいつ。

近くで見るともっと綺麗な顔をしていた。

切れ長な目元に、すっ、っと通った鼻筋。さぞもててきたんだろうな、と思わせる顔立ちだ。

話すために口を開くときに煙草を口から離す仕草が妙に様になっていてむかつく。


「あんた教師だよな?」


こいつは胸ポケットから携帯灰皿を取り出すと、そこに灰をぐりぐりと押し付けつつ、俺の方に顔を向ける。

あぁ、そういえば最近、携帯灰皿を持ち歩く人はもてているらしい。すぐに中身を捨てられて、きれいにできるからだろうか。

吸わない俺からしたら、その人たちも吸わなければいいと思うのだけど。


「あぁ、来たばっかの新任教師」


俺がこの前の雑誌の記事の内容を思い出しているあいだに、返答がきていたらしい。俺と目を合わせて、面倒くさそうにこいつは答えた。


「いや、そういうことじゃねぇよ…」


本気で分かってなさそうなこのイケメン。

はぁああ、と俺はひとつため息をついてまた口を開いた。


「あんた教師だろ。

とめなくていいわけ、」


俺が、ここにいること。

そう付け足して、さっきまで合わさっていた視線を俺の方から強引にはずす。

どういう返事が帰ってくるかわからない俺はそのままふらふら、と視線をさ迷わせてから、目の前の青空に焦点をあわせた。


「別にいいんじゃないか?

俺も休憩にきたし、まだお前とかかわりないしな」


多分この人も今の俺と同じように、前の青空にやら、フェンスにやら、とにかく俺以外の誰かに焦点をあわせているんだろう。

もしかしたら校舎かもしれないし、そこに落ちてる鳥の糞かもしれない。


しばらくお互いに何も話さないまま、こいつは相変わらず煙草をふかせ、俺は俺でぼーっと空を眺める。

それから俺はなんとなく名前がききたくなって口を開いた。


「あのさ、」


キーンコーンカーンコーン


綺麗に被さってくる電子音。

その瞬間、どっ、と音がし始め、さっきまでの静寂は嘘のように騒がしい校舎に戻った。

こいつは、すっと立ち上がると、スーツの後ろの辺りをぱたぱたとたたいてから、

「またな」

と屋上を去っていった。

俺の問いかけが聞こえていたかはわからないが、名前は聞けずじまいだったわけで。

顔的には体育教師で女の子にきゃーきゃー言われてそうだけど。体格的には英語とか、科学とかか?

まぁ、先生みたいだし、すぐ会う機会はあるだろ。

なんとなく興味がわいたし、もうちょっと話したいとか思わなくもなかったけど。


「まぁいいか」

「先生なんてみんな一緒だろ」

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