豊世高校 vs 梟学園高校 ~全国高等学校バスケットボール競技大会・決勝~

 体育館はむせ返るような熱気であふれていた。

 シューズがこすれる甲高い音と、弾むボールの重い音、それから、観客の歓声。バスケットボールに青春をかけた者たちの闘い――――そのクライマックスが、今この戦場で繰り広げられている。


 豊世ほうせい高校のエース、木島きじまは、ドリブルで相手の選手たちをかわしながらゴールへと迫っていた。

 第4クォーターは残り3分。ゲーム終了まで幾許もない。早く点差を覆さなければという思いのみで、疲れた体を無理やり動かし、立ちはだかる相手を抜き去る。


 そしてゴールへの射程圏内に入った。


 木島はボールの軌道を思い描く。

 ここで決めれば、スリーポイント。

 足の裏が床から離れ、視界が上にあがっていく。

 遅れて目の前の選手がブロックのため跳ぶが、木島のジャンプの方が速い。

 手のひらからボールが撃ちだされ、山なりにゴールへ飛んでいく。

 完璧なスリーポイント・シュート。

 確実にネットに吸い込まれるはずのシュートは、


 空中でフクロウに掴まれたので入らなかった。


 そのままフクロウはパタパタと反対側のゴールへ飛んでいく。


 豊世の選手は、遥か頭上をゆくフクロウをぼんやり見上げることしかできない。


 ネットの上まで飛んでからフクロウはボールを落とし、梟学園ふくろうがくえん高校が得点した。




    【得点板】

   豊世 - 梟学園

   76   126589268922365899




「タイムアウト」


 豊世のコーチの宣言により、タイムアウトが認められた。ぞろぞろ、よろよろとコートの外へ出てベンチへ集まる豊世の選手たち。


 コーチが、両手で顔を覆い、絞り出すように呟く。


「もう帰ろうか……」

「いやいやいやいや諦めないでくださいよ阿藤あとうコーチ。気持ちはわかるけどせめて糾弾してからにしましょーよ。相手チームの切り札が鳥ってどう考えてもおかしいっすよね」


 前評判では優勝確定とまでいわれた王者・豊世高校。その実力はすさまじく、公式試合ではここ数年間負けなしを誇っていた。それなのにここまでの点差をつけられた理由は、ただひとつ。無名校だった梟学園の切り札、フクロウのホーちゃんの存在である。


「フクロウを選手に加えるなんてどうかしてます。どうしてあのチームは失格にならないんすか。コーチも強く言ってやってくださいよ」

「木島。おまえの言い分もわかる。だがこれは学校と学校とのぶつかり合い。学校が自身の特色を活かしてこその闘いだ。つまり、古くから鳥類に親しみを持つ校風が特徴の梟学園は、フクロウを使ってきても問題ないということになる。しかもだ。梟学園は大会の運営側と連携を取り、大会ルールに『フクロウが得点した場合は点数が一京倍になる』という文を追加させていた。あまりに用意周到。始まる前から負けていたんだ」

「ツッコミが間に合わない」

「そこでだ」


 阿藤コーチが疲れ気味ながらも不敵な表情を浮かべた。木島や他の選手たちはそれに反応し、耳を傾ける。


「こちらとしても秘密兵器を用意した」

「秘密兵器、っすか……?」

「コーチ! 例のもの、持ってきました!」

「ご苦労様。どうやら間に合ったか」


 控えの選手が持ってきたのは、目玉のような形状・模様をした、巨大な風船。

 鳥よけに使う、あれだった。


「なるほど! これでフクロウを追い返すってわけっすね!」

「その通りだ。全員分あるぞ」

「よし、これでまあ強豪校が三桁ポイント到達できないなんて失態は免れ……」


 そこまで言って、木島は首を傾げた。


「ん? 全員分?」



     ◇◇◇



 試合再開のホイッスルが鳴る。

 豊世と梟学園の戦いは最終盤に突入していた。


 梟学園の切り札・ホーちゃんは、体育館の観客席の手すりにとまって、じっとしている。


「ハッハッハ! 鳥よけに怖気づいて、動けてないぞ! 見たか、豊世の底力!」


 鳥よけ目玉を頭にかぶって目玉おやじみたいな格好になってる五人の選手が勝ち誇った。

 梟学園の選手たちは噴き出した。


「笑うな!」

「だって面白すぎ」

「何でバスケの試合中に目玉おやじのコスプレしてるんですか?」

「ねえねえオイ鬼太郎って言ってみてよ~ねえねえ」

「うるせえ!!」


 ドン引きしているだけかもしれないがともかくホーちゃんが動かないので、今こそ攻め込むチャンスだった。ドリブルで切り込んでいく。フクロウさえいなければ、無名校など恐るるに足らず。点数を稼ぐため、木島は再びスリーポイントシュートを放った。


 ボールは、ゴールを塞ぐように木の枝で作られていたフクロウの巣に弾かれ、コート外に出ていった。


 むなしく跳ねていくボール。


 審判がホイッスルを吹く。


「木島選手、ファウル」

「ちょっとちょっとちょっと待って待って待って? いろいろと何で?」

「そうか……しまった。フクロウの巣は、フクロウにとって大切な物。それを傷つけるような行為はスポーツマンシップに反しているから、テクニカル・ファウルに該当する。考えたな……」

「考えたな……じゃあないんだよ」

「こうなったら木島、あれしかない」

「まだなんか悪あがきするんすか」

「ああ。こんなこともあろうかと、私も事前に大会運営者に土下座してルールに特殊な項目を書き込んでもらった」

「知りたくなかったよそんなの」

「このルールなら逆転は可能だ。審判!」


 阿藤コーチが声を張り上げた。


「例のルールの適用を要求するッ!」



     ◇◇◇



 体育館の空気が、ぴんと張り詰めている。


 豊世高校エース・木島と、梟学園高校エース・ホーちゃんが隣り合い、顔を強張らせて立っていた。観客席から聞こえてきていたひそひそ声も、やがて消え失せるほどの緊張。静寂の中で、時折、誰かが息をのむようなかすかな音がさざなみのように鼓膜を撫ぜる。


 唐突に、その沈黙は破られた。


 審判を務めていた者が、穏やかな声で手元の書類を読み上げ始めたのだ。


「1867年、徳川慶喜が大政奉還をおこないましたが、その場所」


 ピンポーンと音が鳴り木島が早押しボタンを連打する。そしてそのまま「二条城!」と答えると、「正解!」の声と共にアナウンスが流れた。「全国高等学校バスケットボール競技大会優勝は、豊世高校です!」観客席がわあっと沸き上がる。フクロウのホーちゃんは飛び去っていった。何をさせられているのかよくわかっていなかったのだろう。木島の胴上げが始まる。祝福の渦の真ん中で木島は思った。


(釈然としねえ~)

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