第125話 平和が戻る

「…カエデ?」


「…やぁ」


 彼を倒せるのは、君だけ。

 そう言ったのに、カエデは出てきた。


「…何故?何故ここにいるんだ?」


「…お前は、もっと強くなれると思っていた。だから、お前を鼓舞したけど…思ったよりもセンは強かった。

 だから僕が助けに来た、それだけだ」


 おかしい。疑問が頭の中で解決しない。

 というより、思考が上手くまとまらない。


「…メイ、ゆっくり寝ていな。起きた時には、事は済んでいる。君は現実に戻り、パークで、ようやく平和な日々を送るんだ」


 待ってくれ。

 言葉に出したいが、出なくなってきた。

 瞼が重い。

 ぼやけた視界にセンが写った。

 最後に見た彼は、親指を立てて、静かに唇を動かした。


「グッドラック」


 その意味を、知ることは無かった。



 ◆



「滑稽な事だ…この空間に何故第三者がいる?しかも人間…私を討ち滅ぼすほどの、力を持った…貴様、何者だ」


 センはそう問うた。

 しかし、カエデはしばらく答えようともしなかった。

 ようやく、メイの意識が途絶えた時、彼は雰囲気を一変させ言ったのだ。


「死ぬ前に教えてくれよう。

 私は、とある目的を持ってここに来たのだ。

 まぁ、詳しくは言えない…これが、今後どのように作用するかは分からないからね。

 種の存亡をかけている、とでも言っておこうか」


「種の存亡…かい」


 センは虚空を仰いだ。


 死ぬ時とはこのようなものなのか、あっけない。

 私が殺した者も、このように感じていたのだろうか。


「私だって馬鹿じゃあない。

 メイの敵な訳じゃないさ…彼の極限を、窮地に立たせることで解放する。

 それが、最も良いやり方だと…私は知っている。

 それをどうだ?種の存亡など…人間はとっくに滅びているんだ。

 フレンズの存在だって危うくなることだろう。


 メイは、パークを守るための立派なフレンズとして…ようやく、大人になろうとしていた。

 そして、私は先祖として…贖罪にもならない行為だが、これを全うして消えるつもりだった。

 貴様が阻止しなければな」


「それでいい」


 たった一言で、センの思いは遮られてしまった。


「人間など、今はどうでもいいのだ。

 我々にとって、メイは強大な必要があるが、強大過ぎるのもいけない。

 我々に危険を及ぼす可能性があるからな。

 調整が大事なのだ、この作業は」


 センはただ言っている意味がわからなかった。

 強大すぎて、何の損があるのか。

 強大な力をセーブでき、コントロールできるほどの思いの強さを、彼は持っていると言うのに。


 そして、彼の言うとは…誰なのか。

 分からなかった。


「さぁ、お喋りは終わりだ。遺言はあるか?」


「…メイに伝えろ。貴様には十分警戒せよとな」


「…ほう」


 カエデは銃のトリガーを引いた。

 乾いた銃声が響き、センの身体が衝撃に揺れた。


「伝えないでおくよ」


 カエデは言い放ち、その場を去っていった。



 ◆



「…返…し…よ」


「返事しろよ、おい」


 ピクっ、っと瞼を動かし、目を開けた。

 あのセルリアンはいなくなっていて、俺はセルリアンのいた位置でぐっすりと眠っていたらしい。


 太陽の光は、相変わらずここを照らしていた。

 そして、声の主を探すが、いない。


「ハハハ、探してもいねーよ!」


「その声、テルア…か?どこに隠れている」


「いねえって言ってるだろ」


「どういうことだ?」


 テルアは姿を見せないが、語り始める。


「俺の役目は終わりっつー事だ。

 元々、俺は死んでんだよ。お前が何百年も寝ちまったからなー?

 だけどよー…俺、死ぬ前にさ、後悔したんだよ…

 お前を取り戻せねぇと、このパークは救われねぇってな…


 その意志が強く残ったんだよ、ここにさ」


 風がザワっと吹く。

 髪が揺れる…木々も揺れる。

 なんだか、不思議な感覚に陥っているようだ。

 心無しか、テルアの声が寂しげになっていくのを感じる。


「なんでかわかんねーけど…中途半端に蘇ったんだ。

 フレンズには見えねぇ、お前のような例外除いてな…でも、お前は、本当にフレンズとなった。独立したんだろ?俺の姿が見えないのも、そのせいさ。


 そして、役目が与えられたのさ…お前を救って、危険性がなくなるまで補助をする。

 与えられたっつーか、蘇った時から、もうその意識が根底にへばりついてたんだな。

 そんな感じ」


「じゃあ、ずっと助けてくれていたのか?」


「そーゆーこと。

 感謝してほしーぜ!全くよー。


 …でも、もうお前に危険性はなくなった。

 そう誰かが判断してるのかは知らないが、俺の脳内にそんな文が送られてるような感覚があるんだ。


 そして、役目を終えて、俺は消えんだ」


 心臓が思わず、ドクンといった。


「お、おい!冗談じゃないぜ…!

 なぁ、隠れてるんだろ?どこにいるんだよ!」


「おいおい、俺にそんなに思い入れがあったか?」


 少し茶化した声に、俯いた。

 思わず、声が震える。

 なんだか、喉に感情が詰まっているようだ。


「…人類がいた時代の人達…みんないなくなるなんて…俺、ひとりだけ残されてさ…そんなの、悲しいよ…

 それに、もう二度と、戻ってこない…

 失った時も、失った仲間も…」


「はは、大袈裟な。

 お前には彼女さんがいるだろ?」


 いない人の存在を出され、姿なき声に大声で怒鳴る。


「アライさんも…もう失っちまったんだよ!」


「バカを言えよ、後ろ見ろって」


 いつの間にか、後ろにはアライさんが立っていた。

 少し怯えてるような、いや、引いてるような顔をしている。


「あー…なんでここに?」


「アライさん…少しだけだけど、何かを思い出しそうで…でも、思い出せないのだ。

 ただ、メイ…?と、一緒にいた時。

 お前に行って欲しくない感覚が、やけに強くて…懐かしいような感情が、頭の中をグルグルしていたのだ。

 きっと、お前とアライさんの間には何かあったのだ!友達だったのか?それとも別の…」


 涙は自然に溢れていた。

 思い出してる、思い出してる…!

 分かるんだ、失っていても分かる…

 分かってくれているんだ…!


 そう思う度に、過去の記憶はフラッシュバックした。


「あぁぁ…アライさん…うぅ」


「な、泣くんじゃないのだー!!」


 泣いていた俺に、テルアは小声で囁いた。

 その時は、本当に嬉しくて…気づかなかったけれど。

 後々になってから、言ったことが分かったんだ。


「失ったものは、取り返せないとは限らない。思わぬときに返ってくるものさ。

 幸せに生きろよ。彼女さん…間違いなく、お前が愛したアライグマだからさ。

 …って、言わなくても分かるか。


 きっとお前ら、魂の底から共鳴しあってるからな」


 それが、テルアの最期だった。

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