最終話 全ては、あの星降る夜に…

 あれから、センを見ていない。

 …死んだんだ、分かっている。

 それでも、この姿を維持できてるというのは、独立した証なんだろう。


『グッドラック』


 最後に、彼が伝えたかったことは、未だに分からない。

 掌を返しすぎなんだ。

 もしくは、素直じゃなくて…なんて、いくら考えても分かるはずもない。


 カエデも、同じくあの日から見ていない。



 ◆



「ハァッ!」


 パッカーン!

 セルリアンの欠片は、空中へと派手に飛散する。


「今日は動きがいいじゃないか、メイ」


「いーや、そんな事ないぞ。

 たまたまセルリアンが弱かっただけさ」


「またまた自分を下げちゃってさ〜…

 もっと誇りに持ちなって」


「誇りになら持ってるさ…」


 あの日から、俺はパークの一員として正式に認められた。


 しばらく、センもいなくなり、人間のいた時代の、全ての知り合いが消え去ったことに対するショックはあった。

 特に、センがいなくなったことで、心にはぽっかりと大穴が空いていた。


 あんなにアライさんを貶していたのに…

 なのに、今でもいつか会えるって、心の隅っこで少し思っている。

 彼の本心じゃないってことが、ようやく分かってきたからだ。


「その力をパークを守るために使うなんて…なかなか英雄ヒーローらしいな!」


「いーや、俺は英雄ヒーローじゃないよ…」


 ヒグマの方が、よっぽどそれらしい。

 同業者セルリアンハンターとしても、何にしても…


 組織に突入したあの日を思い出して、そう言いかけたがやめた。



 ◆



 夜空に星が浮かんでいた。

 それは、どこで見るよりもずっと綺麗で、美しかった。

 都会にも田舎にも負けない、パークの星空。

 あの日よりも綺麗な星空。

 それはきっと、パークの自然の影響もあるけど…

 アライさんがいたからこそなのでもある。


 …きっと、アライさんがいなければ、空なんて見上げなかった。


 再会してから、もう五年?いや、もっと経っているか…なら、何年?

 そんなことは気にしない。

 とにかく、今はここでいつまでも平和に暮らしたいんだ。

 時を忘れて…


「はい」


 突然、視界が夜よりも暗くなってしまった。

 これは、彼女が時々やる行為だ。


「だーれだ!」


「…アライさん!」


「せいかーい!」


 後ろから、視界を手で遮るんだ。

 真っ黒な手袋をしてるから、それはそれは何も見えない。

 いきなりされると、驚いてしまう。


 でも、それでも。これが大好きだ。


「どうしたの?」


「少し、話がしたいなー…って思っていたから来たのだ。

 あ、大丈夫なのだ!夜ご飯も、あの子もフェネックが見てくれているから安心できるのだ!」


「話って何かな?あ、俺何かやっちゃったか…あちゃー、こりゃ説教食らうね」


 なんて、冗談を言ってみたりもする。

 すると、彼女もクスッと笑う。


「そんな訳ないのだ…ちょっとした、思い出話、なのだ」


「…そっかー、俺達出会ってもう長いもんね…

 本当にあの時は、心がおかしくなっちゃうかと思ったよ。

 だってさ、アライさんなんも覚えてないんだもん!

 やっと見つけた…って思ったらさ」


「むむむ、それはごめんなさいなのだ…」


「謝ることじゃないよ、誰も悪くない。

 それに、今こうして、やっと全てが戻ったんだから」


 厳密に言えば、すべて戻った訳じゃない…

 失ったものも沢山ある。あるけど。

 得たものも沢山ある。

 だから…今は満足だ。全てとは言えないけど。


「…まだ出会った時のこと、覚えてる?」


 ゆっくりと、答える。


「覚えているよ」


「あの時が本当に懐かしくて…今でも、時々夢に見るのだ。

 まだアライさんを知らなかった時のメイが出てくるのだ…

 あの時のメイに会えるのが、とても嬉しくて。でも、ちょっと寂しくて…」


「…はは、寂しくなったら隣を見なよ。隣で寝てるからさ」


「そ、そーいうことじゃないのだ!」


 彼女は、少し照れた。

 その顔を見るのも、大好きだ。


「…アライさん」


「どうしたのだ?」


「可愛いね」


 突然発せられた言葉に、アライさんの顔は真っ赤に染った。


「なっ!メ、メイ!もしかしたらお酒飲んだのか?絶対に酔ってるのだ…!」


「酔ってない、酔ってないよ。言いたくなっただけ…」


 ロマンチックな夜には、言いたいことを言いたくなる。

 それがキザなものでも、素直なものでも。

 何でも言いたくなる。

 人を傷つけるものでなければ、なんでも…


 それが、俺が好きな夜だ。

 今日がそれだった。隣に君がいた。

 それだけだよ。


 …なーんて、ここまでカッコつけると返って恥ずかしくなってしまうから、言わないでおいた。


 代わりに、髪をワシャワシャとしてやった。

 彼女は、より顔を赤らめる。


「今日のメイなんか変なのだー…」


「はは、こんな夜だもの」


 理由にならない理由付けをした。

 彼女はきっと、理解できない。


「行こっか…ふたりとも、待っている」


「うん…それと」


 彼女は、一息ついて言った。


「今夜…一緒に、どう…なのだ?」


 そんなふたりの頭上には、夜空があった。

 それはどんな夜空よりも綺麗で美しい。

 申し分もなく、美しい。


 そして、星が落ちた。

 そう、まるであの日のように、いくつもの星が落ちた。


「あ、流れ星なのだ」


「…本当に、あの時みたい」


 願い事をする暇もなく、見入っていた。

 あの時も、願い事なんてしなかった。

 まぁ、出来なかっただけだけどさ…


 流星は落ち続けた。

 あの日のように、降り続けた。

 でも、より一層綺麗だ。


 流星を眺め、感じる。

 …似ている、あの日に似ている。

 あぁ、全てはここから始まったんだ。

 奇跡の出会いも。悲劇も。かけがえのない仲間も。そして、この瞬間も。

 その至るまでの全てが。そしてこれからも。

 あの星降る夜に…始まったんだ。

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