第122話 善と悪

 黒のセルリアンが続々と産まれる中、ひとり多忙に追われる男がいた。


「…まだフレンズがいる」


 男はバイクを走らせ、その元へと走る。

 爆音に迫ってくる物体に、彼女は恐怖した。


「ギャ〜!!得体の知れない何かがなんかくるー!!」


 バイクという未知の物体が迫ってくる事に、恐怖を感じられずにはいられなかった。

 セルリアンでもないので、どう対応すればいいのか分からない。

 またひとり、無事に逃がすことが出来た。


「…はぁ、ってのも辛いな」


 男はひとり、ため息をついた。



 ◆



「…おーい」


「…セン」


 まず真っ先にセンの顔が視界いっぱいにあった。

 光に包まれた先は、真っ白な空間だった。

 なんだろうか、真っ白か真っ黒にしないといけない決まりでもあるのだろうか。


 とにかく、そこに大の字で寝ていたのだ。

 センはそれを屈み見していた。


「…話、しようか」


「あぁ…」


 妙な優しさに、少し違和感を覚えながらも従うことにした。

 彼が指を鳴らすと、ベンチが現れる。

 また、一面は花畑となる。


「殺風景だからね、ここは」


 ちょっとした一芸だ。

 前にもこれは見た気がする。


 そして、ベンチに狼が二匹。


「…すまなかったなぁ」


 まず最初に、意外な言葉がセンの口から飛び出した。


「私はな、憎悪から生まれた身でありながらも…心の奥底では、ずっと和解できるんじゃって…思ってたんだけどな。


 そりゃ、生まれた時は恨みでいっぱいだった。死んだ時もそうだよ。

 でも、だんだん変わっていった。

 気持ちはどんどん変わっていったと思っていたんだ」


 優しい声で話すセンの言葉も、ただの上っ面の弁明にしか聞こえなかった。


「…なら、何故乗っ取るような真似をしたんだ?」


「…分からないんだ、私にも。

 憎悪から生まれた身であるから…時々、制御が出来なくなるのかもしれない。

 私が私自身のことを分かっていないだなんて、滑稽な話だよな…

 でも、本当にそうなんだ。暴走する。操られてる感覚すら覚える。

 …信じてくれ」


「…」


 にわかには信じられなかった。

 だって、彼には裏切られることもあった。

 人間を許さない、なんてことも言ってたのに、今は…これか?


「最初は、確かに人間を滅ぼせと…そんな目的で話しかけたさ。覚えているよな?私らしくない、カッコつけて気取ったセリフ言ってさ…」


「頼むからそれだけは忘れてくれ。俺のよく分からないボケは思い出したくない」


「…まぁいい。君と暮らした日々が楽しかった。話してて楽しかったんだ。

 まるで親友…いや、仲間が出来たようだったよ。

 私にはもう、仲間はいないと思っていた。

 …だと思っていたから。

 ずっと悪魂のまま、世代を超えて宿り続ける…そんな妄想をしていたから。


 段々、人を滅ぼしてはいけない…そんな正義の心を持つようになった。

 不思議な話だ。悪が善の心を持つだなんて。

 でも、不思議じゃないんだ。

 君は善魂だが、百パーセント善じゃない…誰しもが、心に対義となる心を数パーセントは秘めているんだ」


 思い当たる節は確かにあった。

 中学生の時、虐められていた時…

 あの打ちのめしたい感覚は、本当に、百パーセントの正義だったのだろうか?


「でも、人は運命から逃げられない。

 私は人を滅ぼすという使命を持って生まれてきた。

 本質的にはそうなのだから、制御出来なかったのもそれがあるのかもしれない。

 だからこそ、憎悪とロウが反応し、こんな醜い姿になってしまった…

 君の持っている今の姿は、君のまだ不完全な心に強い悪が生じた、絶妙な善と悪から生まれた奇跡なんだよ」


 この姿が生まれてから今までのことを振り返ってみた。

 絶妙な善と悪…それに振り回されることも少なくはなかった。


 でも、守るべき人は守れた。

 色んな相談もできる、世代を超えた最高の親友も出来た…仲間、と言うべきかもしれないが。

 悪は必ずしも、人にとって害ではないのかもしれない。

 百パーセントの善は、逆に…


「…君はもう完璧だ。

 悪の心も少しだけだが持っている。

 それはきっと、人間の汚いところを見たからだろう。

 だからこそその姿が維持された。

 そして、その姿は君のフレンズとしての真の姿だ…

 もう私は必要ないだろう、むしろ逆に邪魔になるかな?

 きっと君は私よりも強い。…さぁ、ラストバトルだ。

 私を倒して、先へ進め」


 漫画のような、変なセリフ回しに思わずクスっときた。


「おいおい、何がおかしいんだい」


「…昔から変わってねぇな、ちょっとした現代の映画、漫画、アニメ…そのセリフをよく真似してたよな?

 昔にはなかったもんな…俺はそれを見るのが好きだったよ」


 彼はしばらく、自分の言動を振り返り、高らかに笑った。


「…ハハハ!確かにそうだな。私は未知のものに影響されやすいようだ…

 ならば、最後までカッコつけて、アニメのように行こうじゃないか。


 さぁ、我を倒して見せよ、ラストバトルだ!」


 まるで格闘漫画のような構えを取るセンと。


「…あぁ、受けて立とう!」


 また、冗談のような構えを取る俺。


 …本当に戦うことになるんだ、ここまでは冗談だ。

 これからは、生死がかかってんだ…

 親友との、戦いが始まるんだ。


 涙が出そうになるのを、なんとか堪えた。



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