第121話 無茶してでも
「その怪我で勝てるはずがないだろう…ましてや、実力もまだ無いように見える。なのに、どこからその自信が湧いてくるんだ、お前は!?」
ヒグマは上半身裸の身に巻かれた包帯を見てそう怒鳴る。
確かに、誰が見たってそういうはずだ。
「でも、俺じゃないといけないんです」
「ま、待つのだー!!」
聞き慣れた声が後ろから響いた。
振り返れば、息を切らし駆けるアライさんの姿がある。
「アライさん…!?」
「ゼェ…ゼェ…や、やめるのだ!お前はまだ、怪我が治ってないんだぞ…?」
愛していた人…記憶は失ってるが。
その人の気遣いが心に刺さる。
でも。
「無茶してでも行かなきゃいけない」
「どうしてなのだ…?ほかのフレンズが、きっと倒してくれるはず。それに、まだこのセルリアンは動いていないはずなのだ。だから急がなくても…」
「いや、ダメだ。このセルリアンは時期に動き出す。
分かるんだ、彼は、もうそろそろ動くんだ」
断固として譲らなかった。
絶対に自分でしか倒せないという自信があった。
きっと、俺がセンを一番知ってるからだ。
「わ、分かるぞ…!アライさんは分かるのだ!お前は…きっと、いつもこうやって無茶しているのだ!
いつか身を滅ぼすのだ…今がその時かもしれない、だから…」
「戻るのだ…メイ!」
瞬間、ハッとした。
得体の知れない感情が身を占めた。
彼女は確かにその口から発したのだ。
聞くことの無いと思っていた声で、聞くことの無いと思っていたそのワードを。
彼女はきょとんとしていた。
自分の身に覚えのない単語が口から咄嗟に出てきたことに、半分違和感を感じながらも、それが当然だった頃があるかのような懐古感をも感じていた。
「…でも、あのセルリアンは…彼は…俺の…」
親友なんだ。
言葉は喉で詰まった。
「…ヒグマさん、彼女を遠くまで連れてってください」
ヒグマは少しためらった後、静かに口を開く。
「し、知らねぇからな…自己責任だぞ」
「のわぁ!?」
彼女はアライさんを担ぎ、さっさと駆けて行ってしまった。
なんという怪力だろうか。
辺りに誰もいなくなった頃。
彼の足元で、静かに囁く。
「セン…待ってろよ」
◆
「止まるのだ!早く、アイツの元に行かないと危ないのだ!」
「止まるわけには行かないだろう!これ以上犠牲は増やしたくはない!」
一方、担ぎ走るヒグマと担がれるアライグマは言い争いを始めていた。
「それに、アイツならきっとできる気がする。こればかりは野生の勘だが…」
根拠のない論をいつも振りかざすアライグマでさえ、意味が分からなくなる。
「なんでなのだ…?アイツは絶対に無茶している、だから止めなきゃいけないのだ!
急がば回れ、なのだ!」
「わからない…わからないけど、今はこうするしかない!」
地を駆けるスピードをあげる。
アライグマの声も、彼女には意味が無いようだった。
◆
やがて、それが動き出した頃。
それの存在はパーク中で注目された。
ある者はその存在に怯え。
ある者は友に避難を告げ。
ある者は向かおうとする者を引っ張り。
ある者は興味深い、と観察をする。
「…あぁ、ついに来たな」
独り言を聞きとる人もいない。
大丈夫だ、誰もいない。
次の瞬間、彼はゆっくりと巨大な腕を振り下ろす。
巨大すぎるが故、遅いがその分周りには甚大な被害を与える。
腕をひょいと避けると、数秒後に地響きが聞こえ、地は大いに揺れた。
大地は欠け、小石から岩まで大量のつぶてが飛んでくる。
「クッ…!」
傷跡にそれが当たると、動けなくなるんじゃと思うほどになる。
しかし、それでも進まなければならない。
「ウォォォォォォォ!」
つぶての中、咆哮を上げ腕に向かい進撃した。
間違いない、乗れる。
彼が腕を戻すまで、恐らく存在するであろう石を叩かなければならない。
時間はない。
腕に飛び乗った。
この後の事などどうにでもなれ、と構わず走る。
直後、目前に腕から小さいながらも黒いセルリアンが産まれるのを目撃した。
「あぁ…なんでもありかよ!」
それでも構わず走った。
多分、今の俺はチーターよりもずっと速かった。
何の力が働いたかもわからない。
そして、駆けながらもセルリアンの石を打ち砕いていく。
「かかってこいよ…!」
一体…二体…三体…!
まだまだだ、まだまだ行ける!
「ウォラァァァァァ!」
雄叫びを上げ、風のように駆けた。
十体…十一体…十二体!
だんだん傾斜が着いてくる。
彼が腕を元に戻そうとしている。
「クソ…クソォォォ!」
速度が落ちるのを体で感じた。
エネルギーが切れていく感覚を、全身で感じていた。
やがて、腕が地面と垂直となる頃。
「間に…合えぇぇぇぇぇぇ!!」
寸前で肩を掴む。
足が宙に浮くが、なんとか肩によじ登る。
「ハァ…ハァ…畜生、苦労させやがるぜ…」
落ちないように周りに警戒しつつ、石はどこかと大きな人型の上を探索する。
それは案外、すんなりと見つかった。
頭だ。
頭の中に、石がある。
頭に触れると、手は中に浸透していくようだった。
直後、彼は逆の腕を上げてることに気づいた。
次の攻撃が来る…!
恐らく、地上への攻撃だろう。
こうしてはいられない。
「…行くぞ」
助走をつけ、一気に飛び込んだ。
そこはまるで、水の中のようだった。
水泳は得意ではないが、必死にもがいて、もがいて…息が切れそうになる頃。
ようやく、その石へと辿り着いた。
この世のものとは思えないほどのどす黒さを持ち、オーラを放っている。
そっと、手を触れる。
硬い肌触りを感じ、周りは光で満たされる──
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