第120話 自分にしか出来ない事
野性的本能は察知した。
恐らく彼女は敵であり、戦わなければならない。
「まぁまぁ、そんなに身構えんなって」
彼女の言う通り、オーバーかと思うほどの戦闘態勢へと移行していた。
腰を低くし、敵を睨み、常に先手を取れるように様子を伺う。
緊張から、心臓の鼓動が早くなっているのが、聞こえてくるようだった。
「俺だよ、カエデ」
数秒ほど無言の時が続いただろうか。
「はぁ…?」
ため息と、そして疑問から出る声。
収まる鼓動。
瞬間、狭い部屋は開放される。
辺り一帯の壁、机、寝床は全て消え、青空や雲、木々ですらも白に変わってしまった。
何よりも真っ白な空間へと飛ばされたのだ。
そこには、ただふたりがいた。
俺、そしてかばんではなくカエデ。
それは、かつての親友が消え去る時の場所のように思えた。
「…何故?」
「アドバイスをしにやってきたのさ」
「違う、何故かばんさんに…?」
頭の上に無限にはてなマークが浮かびそうだ。いや、きっと浮かんでいる。
センを探しに行こうと思ったら、いつの間にかかばんという名のカエデに謎の空間に飛ばされた。
何を言ってるか分からねぇと思うが、俺も何をされたか分からねぇ。
「力を貸した、というのは聞いただろ?不完全な、肉体を構築できない魂に、完全体になるだけの力を貸した…だから、同じ要領で動けるという訳さ」
「恐ろしい程の運命だな…」
あまりの偶然に気味の悪さを覚えながらも、態勢は自然なものとなり、緊張感も解けていた。
◆
走って走って、ようやくその下へと辿り着いた。
天空を貫く程の、黒のセルリアンの下に。
「何をしている、危険だぞ…!」
ヒグマはそう警告するが、これは…絶対に俺にしかできない事だ。
使命感を抱きつつ、彼のアドバイスを振り返っていた。
◆
「まず、お察しの通りお前の体にはもうセンはいないよ」
「いない…なら、どこに?」
「今の彼はこれだね」
彼が持ち出した丸水晶を覗き込むと、全体像を移せばパーク全体も移ってしまうほど大きな、巨人と言っても過言ではないセルリアンであった。
それは微動だにしない。
「冗談はよしてくれ、こんな事態に」
「冗談ではない。これは、サンドスター・ロウが恨みを増幅させ出来た、彼の成れの果てだ」
「…」
唾を飲み込む。
あれが、センだと言うのか。
面影が全くない、あの黒い物体が。
「君達は正反対の存在だった。君は勇気、親切さ、正義を。彼は怨念、残忍さ、憤怒を持つ、ふたつの魂だった。オオカミの血を介し、ふたつの魂はひとつとなった」
彼はふたつの炎のようなものを手のひらから出し、それを組み合わせた。
赤と青は混じり、この世の言葉では形容しがたい、美しい色となる。
「そして、サンドスターにより、ふたつの真反対の魂が組み合わさった、ひとりのフレンズとなった。
これは余談だけど、センの魂の方が強いし、コントロールが効くんだけど、だからといって、彼が体の中からいなくなっただけじゃあ君のフレンズ化は解けないよ。君の心が、君を形成しているのさ」
「…それは、なにか関係があるのか?」
カエデは高らかに笑った。
あの時とは違うような笑い方だが。
「関係なかったら話すわけがないだろう!
負の感情に取り付くサンドスター・ロウにより乖離されてしまった魂を取り戻す、それか壊せるのは誰だと思う?
それはお前だけなんだよ、メイ。
どのフレンズが、どんなに強くたってあのセルリアンは倒せない。
君たちは、真反対でありながらずっと相性が良かった。
正と負の感情があるからより強くなれた。
どちらが欠けると、一気に弱くなってしまう。
どちらにとっても、必要なんだよ」
弱いのなら、あのセルリアンは誰にでも倒せるんじゃないのか?
そう聞きたいが、きっとこれは愚問なんだろう。
サンドスターには未知な事がたくさんある。
わざわざ彼がそういうのなら、きっとその事柄が働いてるんだろう。
「さて、やがてあのセルリアンは動き出す。
世界はきっと、セルリアン一色に染まってしまうだろう。
その前に君が止めなければならない。
また魂を結合し、力を得るも良し。
壊してこのままになるのも良し。
どちらでもいいんだ、君が世界を救えることが出来るならば…」
景色はやがて、元に戻っていく。
空は青くなっていき、雲が浮かび、壁が建てられ、机や寝床は姿を現し始める。
「さぁ、行くんだ。君にしかできない最後の大仕事さ!」
「…あぁ、なんもわかんねぇし、なんでカエデがそんな知ってるかもわかんねぇけど…俺にしかできないなら、俺がやってやる!」
拳に力を込め、胸の前で掲げてみせた。
「その意気だぜ、親友!」
それ以降、彼は引っ込み、かばんとなった。
◆
「任せてください、ヒグマさん」
「バカ野郎、お前は私よりも弱いだろ!?」
「俺にしか出来ないんです、このセルリアンは、俺にしか倒せません…見ていてください」
百パーセントできるという根拠はなかった。
でも、自信に満ち足りていた。
きっと、その時の表情は何というよりも、幸せだっただろう。
自分にしかできない、その事実が、心の湖を幸福で満たしてくれたのだから。
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