第119話 もう一人の親友

 一週間がたった。

 その黒のセルリアンは、まだ直接的な危害を加えてないものの、成長を続け、その大きさは何メートル、いや、何十メートルあるかも知れない。


 いつ動き出すか分からぬ恐怖、黒のセルリアンに共鳴し、強化されていくセルリアンにパークのフレンズ達は怯え震えていた。



 ◆



 そこは図書館のとある一室だった。

 青い月光のみが、今日もまたこの室内を照らす。

 いつか、月もあの巨人に遮られてしまうのか。


 そう思うと不安は増長するばかりなので、彼女…かばんは、別の事を考えることにした。


『彼』の身の回りで、なにか出来ることは無いのだろうか。

 模索するも、濡れタオルを取り替えることしかやる事もなかった。


『彼』…というのは、一週間前、彼は図書館の入口にて放置されていた、重症の、変わったフレンズの事だ。

 放置とはいうが、まだ置かれてまもないようだった。


『こいつ…あの時の。何があったのですか…』


『博士、取り乱さずに行きましょう。かばんに治療を頼むのです。我々は、今できる限りの治療を』


 長による招集の後は驚いた。

 生まれて初めて見た、生々しい傷。

 その光景に吐きそうにもなった。

 あのふたりは、何故こうも冷静でいられるのかが分からなかった。


 懸命な治療のあと、ようやく一息つける暇があったが、彼が何者かは説明されなかった。

 恐らく、『ニホンオオカミ』であることは間違いないが、いかんせん姿形が全く違う。

 断定ができないそうなのだ。


 ただ、彼を見ると…懐かしいような感覚に襲われる。


「んぅ…」


「! 聞こえますか、見えますか?」



 ◆



 目覚めは多少和らいだ痛みと共にやってきた。


「聞こえますか、見えますか?」


 少女の声が聞こえる。

 まだ視界もぼやけ、薄目だが、目の前にかざされた手は見える。


「…聞こえる、見え…る」


「…あぁ、良かった…!」


 視界は明瞭化した。

 見覚えのあるような、ないような少女が立っている。


「ここは…?」


「ここは図書館です。あなたは入口の前で倒れてました…それも、酷い傷を負って」


「…あぁ」


 しばらく、ふたりの間に沈黙が走った。

 虫の声だけが部屋に響く。


「…そうだ、アライさん。ニホンオオカミも。フェネックだって…彼女たちは、一体どうなったんですか?」


「あなたが眠っている間、ここに尋ねてきました。記憶はもちろんないでしょうけど…三人は、それぞれ励ましの言葉もかけてくれてましたよ。

 お見舞いに、お花も…」


 彼女が指さす先には、確かに数本の花があった。

 …いつか、俺も花を贈ったか、こんな形ではないけれども。


「…あなたは、どんなフレンズですか?」


 彼女のぎこちない質問が飛んできた。

 英文をそのまま翻訳したようなものだ。


「ニホンオオカミ、のメイ。あなたは?」


「ヒト…のかばんです、よろしくお願いします」


 かばん、そう名乗る少女はしっぽもなければ、獣の耳もなかった。

 確かにヒトであった。

 それは、滅びたと言われていた、あの。


 …それ以降、会話もない。

 何故だか分からないが、初対面故なのか、はたまた…


 そして時は過ぎ、違和感に気づくことになる。


 いつもよりも力が出ない。

 病み上がりとかではない、内側から感じるエネルギーもなく、根本的なものが失われたような感覚だ。

 そして何よりこの状態、彼なら体を乗っ取るはず…


「…セン?」


 そう、呼びかける。


「セン…?って、なんですか?」


「…話すと長くなる」


 その後もセンの名を呼ぶも、なにも反応がなかった。

 寝てるわけが無い、俺が起きてる間ずーっと起きてるんだ。

 いついかなるときも、彼は俺の体をのっとるタイミングを狙っている。

 力の制御を行っている。


 そうだ、睡眠だ。

 睡眠を行ったことで、彼が俺の体の痛みを抑えるために必要なエネルギーが作られる。


 咄嗟に虚無からナイフを取りだす。

 そしておもむろに腕を浅くもなく、深くもない程度に斬る。


「ウッ…!」


「メイさん!?いきなり何を…早く止血しないと」


 痛い。そして熱い。

 これくらいの傷、いつもならきっとへっちゃらとまでは行かなくても、かすり傷程度なのに…



 ◆



 その後、夢にもセンは現れなかった。


「セン…どこいっちまったんだよ」


 彼は決して善人とは言えなかった。

 取り返しのつかないことだってした、今だって人類を滅ぼそうとしてる。

 体も乗っ取ろうとしてる。


 でも…彼は、今まで話し相手にもなってくれた。

 もしくは、気さくに話しかけてくれた。

 時には笑いあったり、相談したりする仲だったのだ。


 裏切りは、悲しかったし、憤らしかった。

 でも、今ならわかる。

 どこかで、彼のことを信じていたんだ。


 センがいなくなったことで、心に大きな穴が空いた。

 彼は、俺にとって…『もう一人の親友』だったのかもしれない。


「行かなきゃ…グゥ…!」


 傷跡が凄まじく痛む。

 多少和らいだとはいえ、痛いものは痛い。

 でも、それでも探しに行かなければならないものがある。


 やっとの思いでドアノブに手をかけたと同時に、肩に手を置かれる。

 黒手袋で覆われた手の主を確認するべく、後ろを振り返ると、かばんが立っていた。


 その表情は、どうにも読めないものだった。

 少し笑ってるような、笑っていないような。

 不気味さを感じるような、感じないような。


「──待ちなよ」


 鳥肌が立った。

 彼女は、かばんではない…!

 本能が、そう覚ったのである。

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