第118話 人間

「…!」


 瞬間、飛び出した。

 アライさんを守るように抱え、速度のあまり転げた。


 間一髪のところだった、と言える。

 彼女のいた所には、銃弾の跡と小さな煙があった。


「お、おおおお…お前は…?」


 彼女は戸惑っていた。

 死を覚悟したつもりが、生きている。

 ギリギリ助かった、その感覚が心臓をより拍動させた。


 汗も大量に出ている、そんな状態だ。


「それは後で…逃げて!」


「で、でもフェネックとはぐれちゃって…」


「いいから、きっと見つけるから!」


 銃弾の主を睨みつけている間、アライさんは転びそうになりながらも、必死に逃げた。

 二度ほど振り返った。


「ニホンオオカミ、フェネックを探して逃げてくれ!敵にあったらすぐに逃げるんだ、さぁ早く!」


「わ、わかった!」


 ニホンオオカミも同じく、この場から姿を消した。


 銃弾の主…は、一見迷彩柄の服を着込んだ、絵に書いたような密猟者。

 すなわち人間である。


『人間…!滅びたはずでは!』


「あぁ、確かにそう書いてあったはず」


 密猟者は構えた。

 ゆっくりと、何も言わずにその中型の銃と思わしき物体を、こちらに向ける。


 妙である。

 敵を前にして、彼は遅すぎる。


 彼がそれを発射する前に、距離を一気に詰めた。

 彼の一直線上に立たぬよう、真横へと寄った。


「はぁ!」


 爪を立て、体を切り裂いた。

 体には深い跡が刻まれる。

 人間なら、これですぐに死ぬだろう。


『…メイ!』


「なっ…!?」


 彼は死ななかった。

 血液の一滴も出してはいなかった。


 出していたのは、俺の方だった。


 銃弾の音が遅れて聞こえたような、そんな感覚を覚えた。

 攻撃した瞬間、彼は銃の標準を一瞬でこちらへと合わせた。

 避けようとしたが間に合わず、それは肩を貫く


「があ…!くっそ、痛ぇ…」


 熱く鋭い痛みが走った。

 とっさに間合いをとる。


『メイ、力を解放するのだ!』


「馬鹿野郎、どうせのっとるつもりだろうが…!」


『そんなこと言ってる場合じゃないだろ!』


「うるさい!」


 密猟者は、構わず銃を構える。


「…あれは人間じゃねぇ、噂の人間の形したセルリアンってことかい…」


『あぁ、きっと外からやってきたんだろうな』


 傷を負ってなお、一歩も動じない彼に対し、考えついた策があった。

 セルリアンは、石を砕かれると身も粉々になる。


 すなわち、急所を突かれると死ぬ。

 人間にとっての、急所…


 息が辛いが、やるしかない。

 そう考えるより先に、身体は動いていた。

 同じく真横に立ち、次に頭を裂いた。


 彼は動かなくなった、そう思えば、次には大きな音と共に粉々になった。

 破片がそこらに散らばる。


「…くぅ、はぁ…」


 痛みのあまりか、それとも緊迫から解放されたからか、ため息が出る。

 そして座り込む。

 あれが外から来るのでは溜まったものでは無い。


「セン、ふたりがどこに行ったのかわかるか?」


『分かってたら苦労しないだろう?』


「はは、そりゃそうだ。冗談として受け取ってくれ」


 そう言って立ち上がった。


 ──瞬間、また銃声が響いた。



 ◆



「う…ゲフッ…!?」


 血液が口から飛び出た。

 痛みのあまりに頭がどうにかなりそうだ。

 胸を銃弾に貫かれた。

 熱い、体が熱い。


 血が止まらない、吐血も酷い。

 …あれ、死ぬ…?


 意識が朦朧としてきた。


『メイ…メイ!』


 センの呼ぶ声も遠くなる。

 何故だろう、彼の声の仕組みが分からない。

 そんな呑気なことを考えるほどには、死を受け入れていた。

 瞼が重くなる感覚。

 次第に、ゆっくりと閉じていく。



 ◆



 残りのサンドスターを解放し、隠れていた密猟者の元に駆けた。

 それは一瞬だった。


『…ドラァ!』


 またその密猟者も、同じく砕け散る。


『…メイ』


 いざ、自分が再び体を手に入れるとなると、どうも複雑な気分だった。

 彼に対し、申し訳ないような気持ちがあった。


 彼は十分に…生きられたのだろうか?


 直後、バイクの轟音が響いた。


「助けに来てやったぜ〜!乗れ!その怪我じゃ…って、おいおい、想像以上にひでぇな、ほら早く乗れ!」


『…お前か』


 ヘルメットを脱いだその男は、テルアであった。


「ほらよ!」


『うわ、担ぐな!』


 バイクの後ろに、少し広い荷台スペースを作ったようで、そこに放り込まれる。


「痛くないか?」


『あぁ、しばらくは』


「じゃあ行くぞ!」


 バイクは走り出す。

 恐らく敵はもう居ないが、念の為なのか、速度がかなり速かった。


『危険!危険!この一帯はサンドスター・ロウにより──』


「あぁ?なんだ、ラッキー。何言ってるかわかんねーぞ!」


 彼がラッキーと呼ぶその腕時計から、サイレンがけたたましく鳴る。

 ただし、それもバイクの轟音で消されてるように聞こえた。


『なぁ、いったいどこまで──!?』


「どうした!?」


 体に異変が起きた。

 大きな力が体に入り込むような、蝕むような感じがした。


 …憎い!人間が…


 根底にあった憎悪、復讐の心にブーストがかかったような感覚。

 体中に力がみなぎる感覚。


「あぁ…オイオイオイ、死ぬわ俺」



 ◆



 媒体の身体は既に眠っていた。

 身体の傷から、ドス黒い何かが入っていくように見えた。

 そして、彼の隣にセルリアンを形成した。

 黒の、セルリアンを。


「畜生、離れろ!」


 急カーブを繰り返し、セルリアンを振り落とすことに成功した。

 しかし、メイも少し距離が離れているが落としてしまう。


「待ってろ、今回収するぞ!」


 セルリアンは、大きくなっていくようだった。

 何もしなくとも、勝手にどんどん大きくなる。


「…クソ!あれは無理だな」


 メイを回収し、急いでバイクを図書館へと走らせた。

 まずは、この男を治療しなければいけないんだ…

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