第113話 ついてくる
その日から、彼は帰ってこなかった。
バイクも残さずに──
◆
そして夜が明けた。
テルアが帰ってこないので、先に行くことにした。
バイクがないのはしんどいが、歩きでなんとかなるだろう。
恐らく、アライさんはあの浜辺に向かった。
一晩どこかですごせる場所といえば、やはりロッジだろう。
その後、推測だがまた長達に貝を見せに行くと思う。
つまり、どこかですれ違う可能性がある。
それが今日か明日かは分からない。
「…ところで」
足音がふたり分響く。
一度止まり、後ろを振り返る。
「なんでついてきてるのさ…」
「ダメー?」
そう、ニホンオオカミはまだついてきていたのだ。
徹夜でトークさせた上に、更に同行までするのだ。
体が…もたない!
「ダメじゃない…ダメじゃないけど!」
「それじゃあついていくね!」
「ううう…」
と、結局同行を断れないのである。
◆
それから、雪山の宿に辿り着くまでに沢山話しかけられた。
「そういえば一回も見たことないよね、今までどこにいたの?新しく生まれたの?」
「ねぇねぇ、同じニホンオオカミだと紛らわしいよね!あだ名とか分けようよ」
「ところでどこに向かってるの?」
…と、全て返していたらキリがない。
退屈はしなさそうだけどさ…
「長い間旅に出ていた。だけどちょっと前に帰ってきた」
「メイ。そう呼ばれているから、そう呼んでいい」
「雪山の宿。今日はぐっすり寝たいから」
それでも一応ひとつひとつ返していく。
少し楽しくなってきたような気がしたが、きっと気のせいである。
一方のニホンオオカミはやっぱりいつまで経ってもはしゃいでいる。
仲間が見つかったことが、余程嬉しいのだ。
『ふふふ、良かったな…アライグマの代わりになるだろう?』
「…うっせぇ、そんな訳ねぇ」
この誰かに答えるような独り言を、当然だが彼女は首をかしげながら見ていた。
…考えてみれば、俺は、ふたりのニホンオオカミに受け答えをしなければならない。
はぁ…とため息をついた。
◆
そして、少し遅くなり夜になってしまったが、なんとかまたこの雪山の宿へと到着した。
「まだついてくる?」
「仲間だもんね!」
恐らく死ぬまでついてくる予感がする。
末恐ろしい。
「あら、また来たの?…今日はひとりじゃないのね?なんだか兄妹みたい」
「冗談よしてくださいよ…」
ギンギツネは快く出迎えてくれた。
また前と同じように案内された。
そう、ついてくるということはふたり同じ部屋で寝るということ…!
変なことをされないか心配である。
そしてまた同じように温泉に入る。
仲間だろうがなんだろうが関係なし!
男は黙って男湯、女は黙って女湯なのである。
この温泉宿に混浴あらず。
故に我ひとりで湯に浸かる。
心落ち着くことこの上なし。
…と、何故か古典調になる。
しかし、盲点があった。
このパークには男女の境目などない。
よって男湯=女湯なのである。
つまりどっちに入ってもいいよってこと!
「入るよー」
「なんで入ってきてるんすか…」
結局彼女は問答無用で入ってきた。
直視できないので真後ろを向いて浸かっていた。
「なんでこっち見ないのー?」
と、彼女は不思議そうにしていた。
なんで。なんでつがいになろうとか仲間増やそうとか言う割に恥じらいはないんだ…
心の中でそうツッコんだ。
◆
部屋につくなり、畳んであった布団にダイブした。
この感触がたまらない。
今にもそのまま寝そうになるが、ニホンオオカミに注意される。
「体に良くないよ!」
「…なんで?」
「…わかんない」
本人もよくわかっていないそうなのだが。
とりあえず布団を敷いておく。
睡眠欲がマックスに振り切っているので、もう布団に入る。
それを見て、彼女も律儀に自分の布団に入る。
「おやすみ」
「もうちょっと、お話しようよ」
彼女は小声でそういうが、「寝させてくれ」と断る。
…少し時間が経った頃だろうか。
「ね、本当は仲間をもっと増やしたいんでしょ…」
そう小声で囁いてくる。
少し距離が詰まった気がした。
挙句の果てには布団にも入ってくる。
「やめてくれ、頼むから。俺は仲間を増やす気は無い。探してる人が見つかればそれだけでいいんだ」
少し声を張って注意する。
彼女はしょんぼりとした顔で布団に戻っていった。
暗かったが、月光で少しだけだが表情が見えていた。
ちょっと、言いすぎたかな…いや、これはさすがに間違ってないはず。
睡眠欲がカンストしたため、また俺も布団に戻ってそのまま寝た。
◆
つもりだった。
あの夢の世界へと飛ばされた。
「…何の用だよ」
目の前のセンに問いかける。
センはいつにも増して良からぬことを考えてるようだった。
「…良い事を思いついたもんでね、一晩限り、君の体を借りようかとね」
「馬鹿、そんな事を許すわけがないだろう」
「拒否権は…ない」
彼は一歩、二歩と歩み寄る。
次の瞬間、彼が低めの構えをとったかと思うと、腹部に衝撃が走った。
「ぐぁっ…!ゲフッ…おい、セン…お前」
ショックのあまりに立てない。
身体を貫くような痛みが身をおそう。
パンチひとつでこうなってしまうほど、俺の体はやわかったのか?
「…君は、弱い。君自身の意志の力はだんだん薄れ、私の意志の力…憎しみ、殺意は増幅するばかりだ。やがて私は君になる。一晩だけという制約がついただけマシだと思うんだな」
そう言って、彼は闇の中へと姿を消してしまった。
…あぁ、俺にもっと力があれば。
頭の中には後悔の二文字しかなかった。
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