第112話 二匹の狼

「…どこ行ってたんだよ」


 いつの間にか姿を消していたテルアは、その入口で待機していた。


「ちょっとな」


 ヘルメットの上から、その表情を見ることは出来なかった。



 ◆



 テルアはバイクを今度は逆方向には知らせる。


『探しているフレンズがいるんだ』


 パークの長にアライさんの所在地を聞くと、彼女らは少し思い出すように考え込み、こう言ったのだ。


『あ〜、それなら…確か、浜辺でまた貝を取りに行くと』


『あいつら、貝に夢中なのか、拾ってきてはこっちに持ってきやがるのです』


 こっちの都合も考えやがれなのです、とため息をつく。

 パッと見そんなに忙しくはなさそうだと思ったのだが、今が暇なだけなんだろう。


 そういう訳で今戻っているのだ。

 上陸した地点には貝が取れるかはわからないが、しっかり浜辺もあったからである。


 行く際にやっていたアイドルのライブは、もう終わっていた。

 夕暮れが近づいていた。


「宿にはギリギリつかねぇな、これは。野宿するぞ」


「本当に野宿するのか…」


「あぁ、外で寝るフレンズなんてよくいるさ」


 年月がたったフレンズたちは、予想以上に野性的な暮らしをしているのだと認識させられた。


「と言ったって、どうするんだ?どう寝ればいい」


「木の上でも下でも草の上ででも寝な!」


「そんな乱雑な…」



 ◆



 そういう訳で、今橋の上にいるのである。

 図書館へと向かう途中の、水辺の上の橋である。

 なぜ橋の上か…というと、夜の森が危険だったりしそうだからだ。


 考えてみれば、俺は夜行性なはずだから行動出来るはずだ。

 昼に行動することに慣れすぎていなければ…の話だが、現代人だって一回徹夜するくらいなら大丈夫だろう。


 ただ、テルアはどこかに行ってしまった。

 バイクごと持っていったのだ。

 下手に動いて合流出来なかったら悲惨だ。

 なので本当に野宿する事になってしまったのだ。無念。


 静かなパークに、風の音が響く。

 このあたりは昼まではとても騒々しかったのだ。

 それが、今ではこの静けさ…

 風流に感じる。

 水に写る満月が、それを更に引き立てていた。


「綺麗、だな?」


 偶然にもあの星の降った夜と同じく、誰かに語りかけるように、絵本を読み聞かせるように言う。

 それは、ただの独り言。


 その誰かというのが分かる時は一生来ないだろう。

 所詮ただの独り言なのだから。

 センチメンタルになっただけで、カッコつけるように言っただけなんだから。

 独りなのに…


「綺麗だよね〜」


「うん、綺麗…うわっ!?」


 いつの間にか、隣にフレンズが立っていた。

 全体的に明るい茶色を基調とした少女…

 髪、獣耳、服などがそうであった。

 スカートは違うけど。


 とにかく、その少女に見覚えがある…というか、近縁味を感じた。


「驚かせちゃった?ごめんね」


 と、彼女は少し笑いながら謝る。

 …なんとなく、想像はついているけれども。


「大丈夫…君、何ていうフレンズ?」


 そう聞いた。


「私、ニホンオオカミって言うの!あなたは?」


 予想通りの答えが返ってくる。


「俺も、ニホンオオカミなんだ」


 彼女は心底驚いていた様子だった。


「仲間、私の仲間だ!」


 そうして喜んだ。

 ずっと仲間を探していたという。

 尻尾をブンブン振ってその喜びを噛み締めている。


「わーい!仲間、仲間だー!」


「うぇぇ!?」


 思わず心臓が跳ね上がった。

 あまりの喜びからか、突然抱きつかれた。

 豊満な胸があたる。

 心臓の脈拍が早くなるのを感じる。

 顔が赤い気がする。

 月明かりがそれをしっかり照らしてくれてないことを祈るばかりだ。


「わ、ごめん!突然抱きついちゃって!」


「あ、あぁ…ふぅ…びっくりしたよ」


「なんでそんなに疲れてるの?」


「男の性って奴だよ…」


 彼女は『男』という単語を聞き逃さなかった。

 脳内で『男』という単語が即座に『オス』に変換される。

 理性ではなく、本能が勝手にそう解釈したのだ。


「あなたオス、オスなの!?」


「え…いや!オスです…」


 言質は取れた。

 完全にオスだということが判明したなら、本能が次に求めるもの、それは。


「つがいになろう!!」


「アホか!!」


 と、コントのように突っ込んでしまう。

 どういう脳内の作りをしたらその発想に至るか分からない。

 羞恥心は…羞恥心はどこいった…と思ったのだが、もしかして概念がない…?


 いやあるだろ、この子がおかしいだけだ。


 一方彼女は、頭上にクエスチョンマークを浮かべていそうな顔をしている。

 その反応は一番困る。


「なんでダメなの?」


「…つがいって、そんな簡単になるものじゃないし…君と俺、まだ会ったばかりだし…」


「なんで会ったばかりだとダメなの?簡単じゃないの?」


 恐らくこれは説明してると夜が明ける。

 第六感がそう囁いている。


「せっかく見つけた仲間なのに…」


 と、彼女は落ち込んでしまう。

 落ち込まれても困るのはこちらの方である。


「一緒に仲間増やそうって思ってたのに…」


 これほどヤバいと確信できるのは人生でこれっきりだろう。


「とにかく、ダメです!」


「え〜…そんなぁ」


 と、会話をする満月の夜。

 まだまだ夜は長いのであった。

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