第108話 雪の宿
やがて、周りは暗くなり、だんだんと寒くなっていった。
「着いたぞ」
彼が指さす先は、ひとつの宿。
それはしっかり整備されているように感じる、若干古風な宿である。
聞くところによると、温泉も完備してあるそうだ。
「…って、どこ行くんだ?」
隣からすぐに離れようとするテルアに気づいて、声をかける。
「お前記憶力ないな。俺はさっき、確かに野宿すると言ったぞ」
「え、本当に野宿するのかよ…何故ここで泊まっていかないんだ?」
「撤退した生身の人間が、このパークに来る。フレンズと出会う。そしたら色々と面倒くさいことが起きるからな。お前はフレンズだからまだいいが」
バイクを忘れるところだった、と彼は言い、それを走らせ去ってしまった。
エンジン音がやけに長く響いたように感じた。
◆
入口を通る。
そこは、普通に人もいそうな宿、というような印象を受けた。
それほど綺麗に整備されているのだ。
「あら…?こんな夜遅くにお客さん?」
奥から襖を開ける音、そして足音が聞こえる。
やがてやってきたのは、ひとりのフレンズ。
「すいません…夜も遅くなってしまって困っていたところ、ここを見つけて、泊まりたいなって思って来たんです。大丈夫、ですかね?」
「全然大丈夫よ。ようこそ、温泉宿へ」
彼女は自身をギンギツネと名乗った。
話を聞くと、キタキツネとふたりでここを経営しているそうだ。
キタキツネ…それほど仲良くはなかったが、昔、何度か会ったことがあるはずだ。
もしかしたら、何か知っているのかもしれない。
ここから上がったら、会いに行ってみよう。
湯船で決意したのだった。
そう、今俺は温泉に浸かっているのだ。
案内されるがまま、男湯、女湯、混浴の三つを選ばされ、ここまで来たのだ。
しっかり男女の概念があるのは意外だな、と思ったけど、もしかしたら人がいた時のままなのかもしれない。
◆
湯船から上がり、代わりに置いてあった袴を着て、この宿を散策する。
ここは、まるで現代の文明にある宿。
それをコピーして、そのまま一ミリも風化させずに残した。
そんな感じがした。
やっぱり、人が使っていた施設なんだろう。
そして、一つの部屋に辿り着く。
そこは暗かったが、なんとなく何があるかは把握出来た。
懐かしい、古きゲームの数々。
ストリートなんたらとか、パックなんたらとか、とにかくそんなものが並んでいたのだ。
まるで、そこだけもっと前に時が止まっていたかのようだった。
「…すごい」
思わず、唾を飲み込む。
今でも残ってるとは思わなかったその遺産の数々に、感嘆してしまう。
どれが動くか、どれが動かないかは今は関係ない。
それがある事自体が素敵なのだ…
ふと、ひとつの光に気付いた。
それは、暗闇の中で淡く光る。
傍によると、ひとりのフレンズがそれを操作していた。
「何してるの?」
「うわっ」
『GAME OVER』と画面に大きく表示される。
声をタイミングが悪かったようだ。
「ビックリさせないでよ」
「ごめん…」
そう言うと、彼女はまたそれを操作し始めた。
それ…というのは、何かの筐体。
古いゲーム機である。
筐体を操作しているのは、キタキツネ…
何度か見たから分かる。
しかし、こちらのことはやはり覚えていないようだ。
「ゲーム?」
「…よく分かったね、そうだよ。げぇむ」
気のせいか、前のキタキツネと喋り方も変わったような気がする。
「で、君誰?名前は?」
「え、あぁ…メイだ」
「ふーん、変なの」
彼女は興味無さそうに、またそれをいじる。
ちょっと悲しくなった。
◆
そこから、また外に出た。
辺りには真っ白な雪が積もっている。
適当にそれをすくってみる。
冷たい。
ふと、あの日を思い出した。
それは、彼女、アライグマと出会って最初の雪の日のことだった。
思い出すと、本当に懐かしい。
何度か経験している雪なのに、あの日は本当に特別だった。
そうだ、あの日にヒグマに出会ったんだっけ。
平和、だったなぁ…
あの頃に、戻りたいなぁ…
でも、昔ばかりを振り返ってはいられない。
きっとこの先、もっと幸せなことがあるはずだ。
過ぎたこと、で片付けるのは薄情な気もするが…
不幸があったとしても、より良い幸せを得るために。
頑張らなくてはいけない。
懐かしむならその後だ。
『あの日は良かったなぁ、今は…』
そうじゃないんだ。
『あの日も良かったなぁ、今はもーっといいけどね!』
そう言えるように、ならないと。
「風邪、引くわよ」
ふと、いつの間にか横にギンギツネがいた。
わざわざコートもかけてくれた。
袴の上からは変な気がするけど。
「あぁ、すいません。今中に戻りますね」
「大丈夫?少し辛そうに見えたけど…」
思っていることを見透かされたような気がして、少し動揺する。
でも、誤魔化して笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ」
「…本当にそうかしら?」
彼女は少し腑に落ちない様子だった。
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