第109話 ゲーム

「何の用だ」


 就寝したと思えば、また空間に飛ばされる。

 そこには変わらずセンがいた…ように見えた。

 直後、彼は即座に跳んだ。

 まっすぐ、一直線に。

 圧倒的なスピードで距離を詰める。


「えっ」


 突然の出来事に声がひとりでに出る。

 力強く肩を掴む彼は、その力と裏腹に顔は俯き、更にだらんと下ろされた髪で顔がよく見えなかった。


「セン…?何を」


「……せ」


「は?」


「体を渡せぇぇぇぇ!!」


 彼は怒号を上げた。

 肩を掴む力がより一層強くなる。

 彼の吐息は荒く、狼の威嚇の如き呻き声が『彼が正常ではない』という事を更に確認させる。

 夢の中…とは言いづらいこの世界。

 痛みだって普通に感じる


「…っ!バカ!しっかりしろ、セン!」


 腕を掴み抵抗するも、彼のその強大な力に叶いはしなかった。

 衣服に血が滲む。


「クソ…っ!ウラァ!」


 ゴンッ!

 漫画なら恐らく、こんな大袈裟な効果音が付いただろう。

 咄嗟に頭突きを放つ。

 こっちも痛いがあっちも痛い。

 頭突きの後から煙が出そうなくらいに。


 その頭突きで、彼は腕の力が抜け倒れる。


「ハァ…おいセン、一体どういうつもりだよ…」


 そのまま彼は返事をしなかった。

 疲れているのか、気絶したのか。

 とにかく、今日の彼はずっとこのままだった。


「…大丈夫かよ」


 あんな事をされたって尚、センの事を心配している。

 本当はきっと優しいはずなんだ。


 パークで過ごす前も過ごしている時も、アドバイスをくれたり、相談相手になったり、話に乗ってくれたりしていた。


 俺達は良い仲だった。


 やっぱり、何かがおかしいんだ。

 目を覚ましてくれ、セン…



 ◆



 翌日、袴をきちんと畳んで、一度温泉に入り、コートを着てこの宿を出発する。

 また余裕があったら来たい。

 特別すごいという訳でもないけど、定期的に通いたくなるほどだった。

 全体的に落ち着いていたそれは、窓から見える景色も良かった。


「あら、もう出発するの?」


「はい、俺には探しているフレンズがいるので」


 靴を履きながら、会話を交わす。


「アライグマって言います。昔、とても仲がよかったフレンズです」


「アライグマ…ねぇ」


「僕、そのフレンズ知ってるよ」


 いつの間にか、キタキツネがギンギツネの後ろから顔を覗かせていた。


「知ってる…?」


「うん、あの子達の行く場所も知ってるよ」


「本当!?」


 もしアニメや映画で俺が映し出されているのなら、きっと目はキラキラしているだろう。

 無邪気な子供のように、それが嘘だと思うことも無く、純粋な気持ちで信じる。


「うーん、でもタダで教えるわけにはいかないなぁ」


 彼女はニヤニヤしている。

 誰がどうみたって何かを企んでいるようだ。


「そうだ、僕とゲームをしようよ。ちょうど相手がいなくて退屈してたんだ。勝ったら教えてあげるよ」


「えぇ〜…」


 何十年ぶりかのゲーム。

 絶対に勝てる自信が無い。

 ギンギツネが「コラ!そういう取引はやめて、素直に教えてあげなさい!」と言うが、キタキツネは教えようとする様子もない。


「わかった、やろう」


「やったー!」


「もう、この子ったら…」


 かくして、ゲームが始まるのである。



 ◆



 負けたのである。

 全敗なのである。

 レトロな格闘ゲームが置いてあったので、それを使って対戦した。


 三ラウンド行い、勝利数が相手より上回った時自分が勝ちになる。

 自分はキャラクターを使って、コンボを決めて相手を追い込む。

 時にはガードで相手の攻撃を防ぐ。


 しかし、これが難しい。

 シンプルなようで難しいのだ。


「へへん、僕の勝ちだね!」


「負けました…」


『LOSE』と画面に大きく表示されるので、更に敗北感が増す。

 敗北者…??取り消せない、これはガチもんの敗北者だ…!


「でも、楽しかったよ。ありがとう」


「お、お役に立てて何よりだよ…」


 彼女の手さばきは相当なものだった。

 指先から手のひらまでの動きが繊細であった。


 ひとつひとつの攻撃をコンボに繋げるまでの動作が全て滑らかで、なおかつケアレスミスも少なかった。

 状況に応じて、しっかりガードと攻撃を分け、相手の行動を逆手にとって自分を有利にしていく。


 自分が初心者なだけかもしれないが、やはりこの宿にずっといるのか、熟練者というオーラを醸し出していた。

 言いすぎかもしれないが、プロだ。


「楽しかったし、教えてあげる」


「…え?本当!?」


 そしてまた目がキラキラするのであった。



 ◆



 聞くところによると、彼女は相方のフェネックと一緒に図書館へと向かうと言っていたそうだ。

 分からないことがあればとにかく図書館に行って、彼女らの長に聞くそうだ。


 まるで民族みたいだ。


「またゲームしようね、約束だよ」


「あぁ、絶対にやろう!」


 そう言って、互いの小指を交わしあった。

 前のキタキツネと違って、彼女はまるで小さな妹のようだった。


「変な絆ね…」


 と、ギンギツネは傍でそれを眺めていた。


 玄関口を出ると、テルアが少し先で待っていた。

 地味にフレンズに気付かれにくい場所だ。


「遅いぞ、何やってた」


「久しぶりにゲームをしてた」


「馬鹿、人を待たせておいてなにしてんだ」


 と、軽くチョップを食らった。


「いてて、ごめんって」


 そして、バイクに乗り込む。

 またエンジン音を立て、発車する。


「行きたい場所とか決まったか?」


「図書館、俺は図書館に行きたい」


「そうか…頑張れ」


 テルアのその言葉に、今はただ頭上にハテナマークが浮かぶばかりだった。

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