第107話 忘却か未知か

 そう、ヒグマ。

 その姿は、数十年前に見たあのヒグマと全く同じように見えた。

 いる…ヒグマが、いる!

 あのヒグマか…?それはわからない。


「おい、大丈夫か?」


 その少女は力強くやってきた。

 少女には力強いオーラのようなものを感じた。


「はい、大丈夫です」


 機械的に受け答えをする。


「そうか、それなら良かった。しかし、珍しいな。今はセルリアンが活発な時期だから、ほとんどのフレンズはあまり外出しないようにしてるのに、お前は…」


「すいません…」


 通行中にフレンズを見なかったのは、つまりそういう理由だったのだ。

 とんでもない時期にやってきたみたいだ。

 あんなのがうようよ居たらたまったもんじゃない。


「あの」


 ここで、話を切り出すことにした。

 彼女が俺の事を覚えているかどうか…

 反応を見る限り、覚えてる確率はゼロに等しいけれど。

 でも、念には念を入れて。


「俺の事を、知っていますか?」


「…知らんな、お前のようなフレンズは。もし知っていたなら、その珍しい見た目と臭いを絶対に忘れないはずだ」


 ガクリ、と来た。

 これは俺が知っているヒグマではない。

 もしかしたら、何らかの影響で忘却してしまったのかもしれない。

 でも、未知と考えるのが自然だろう。


 珍しい臭いというワードも、少し心にダメージを与えた。


「わかりました…」


「落ち込んでるな、そんなにショックだったか?」


「…まぁ、そうですね」


 ただ、これくらいでしょげてはいれない。

 共に過ごした友と瓜二つで…

 良き相談相手と瓜二つで…

 記憶が消えていたって。


 落ち込んじゃ…いられねぇんだよなぁ…


『おやおや、もうキツいのかい?私が君を乗っ取るのも時間の問題だねぇ…』


「っ!?」


「どうした?」


「いや、なんでも…」


 脳内に彼の言葉が響いた。

 間違いない、センは一瞬の隙をついてまででも絶対にこれを乗っ取ろうとしている。


 今まで、夢の中以外で彼が干渉することはなかった。

 液状のサンドスター…きっとそれが、彼の力を純粋に強化したに違いない。


 厄介なことをしてくれちゃったなぁ…!


「とりあえず、ありがとうございました。俺はもう行きます」


「気をつけるんだぞー」


 かつての友と瓜二つなヒグマに見送られながら、また道を歩いていった。


「…にしても、なんだか懐かしい臭いがしたんだよなぁ」



 ◆



 残りもこんな調子なんだろうか。

 そう思うと少し不安になってきた。

 そっくりなフレンズたちを見ていると、昔を思い出してしまってつい感傷的になってしまうのだ。


 こんな調子で歩いていると、後ろからエンジン音が迫ってきた。

 それは横を通り抜けた直後からスピードを急激に緩め、少し行ったところに止まった。

 それ…バイクの運転手は静かにヘルメットを外す。


「乗るか?」


「…テルアか、驚かせないでくれよ」



 ◆



 二人を乗せたバイクは、森を抜けていく。

 平らな地面ではないので、ガタガタと揺れるのだが、歩きよりは速いのでマシだ。


「なぁ、俺はどうすればいいんだ?」


 急に将来について不安になり、前の彼に聞いてみる。


「どうすればいいって…ここで暮らすんだよ。お前はもう、戻ることは出来ない」


 まだ状況の整理がつかない…

 まだ三日も経ってないのに、情報量が多すぎるのだ。


「ここにいた人達は、一体どうなったんだ?今も、どこかにいるのか?」


「…いねぇよ、昔の事件で全員ここを去っちまった。ここに来る人は、密猟者か、過激な研究者か、俺のようなボンクラだけさ」


 彼はそういった後、何かを閃いたようだった。


「そうだ、お前、密猟者でも狩ればいいじゃないか。それを生きがいにすればいい。フレンズも守れるし一石二鳥じゃないか」


「殺しは無理だ…怖い」


「なんだよ、あんなに威勢よくやってきたのにさ」


 そうして、また少しの静寂がその場を包む。

 バイクの音と、どこかから聞こえる水の音、木々のせせらぎ、鳥の声。


 …いいな。


 そう、ここで暮らすのも悪くは無い。

 パークの外は生き辛すぎた。

 見えない法という手が、自らを縛っていたのだ。

 誰かと結ばれることですらそうだった。


 ただ、ここは恐らく自由──


「やりたいこと見つからないなら、また会いに行けばいい。いるんだぜ、お前の彼女さん…の、後継っていうのかな…そういう奴がさ」


「…それ、どういうことだ?」


「フレンズはもう、粗方世代交代を生した。

 度重なる異変により、自然の力じゃなくて、まぁ強制的にって感じだけどな。

 そうして生まれた、何世代か後の、お前の彼女がいる」


 …会いに、行きたい。

 もう二度と見れないと思った彼女の姿を見たい。

 覚えてなくてもいいから、見たい。


 そんな欲求が急激に高まる。


「…まぁ、とりあえず今日の分の宿を見つけなきゃ話になんねぇな。雪山の麓に宿がある。そこに着いたら泊まっていけ。俺は野宿する」


「雪山周辺って寒いんじゃないの…?」


「そんなのに突っ込んだらおしまいだろう」


 まだまだ気になることもあるが、とりあえずはここまでにしておくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る